
2026年9月26日、『エホバの証人―宗教二世の困難』(櫻井義秀・山口瑞穂編、法藏館)の刊行を受け、編者・執筆者の先生方による書評ワークショップが開催されました。

本書は、エホバの証人問題支援弁護団が2023年に実施した「エホバの証人調査」に際して協力し、そのデータの分析にも携わった学術機関の先生方による研究成果です。エホバの証人二世の経験を、教団内部の問題だけでなく、家族、社会、信仰継承、メンタルヘルスなどの観点から研究した書籍として、2026年9月に法藏館から刊行されました。
ワークショップでは、編者から本書の成立経緯や研究の目的について説明が行われた後、エホバの証人二世・元二世などの立場から書評が行われました。その後、編者・執筆者からのリプライ、会場・オンライン参加者を交えた全体討議が行われました。
以下、当日の主な発言と議論をご紹介します。
第一部
編者挨拶
櫻井義秀氏|本書の成立と「宗教二世」問題
櫻井氏は、エホバの証人二世が経験してきたむち、宗教教育、学校生活上の制約などを、当事者の証言だけでなく学術研究として記録・分析する必要性から研究チームが組まれた経緯を説明しました。
また、「宗教二世」の問題は特定教団だけの問題ではなく、信仰継承、宗教的社会化、子どもの権利、信教の自由などを含む社会的問題として考える必要があると述べました。
山口瑞穂氏|社会の側に知識を蓄積する必要性
山口氏は、宗教二世が診療を受けたり支援を求める際、自らの困難だけでなく、その背景にある教団の救済観や組織構造まで本人が説明しなければならない負担の大きさを指摘しました。
その負担を減らすためにも、研究成果や書籍が社会に蓄積され、必要なときにアクセスできることが重要だとしました。エホバの証人問題支援弁護団による「この本を図書館へ」の活動にふれ、図書館に本が置かれていることは、教団内で迷いや疑問を持った人の「知る権利」を支える面もあると述べました。
書評
中村大介氏|研究に支えられた経験と本書への期待
中村氏は、自身がエホバの証人二世として育ち、教団を離れた後に研究論文や書籍を読むことで、「自分の経験は自分だけの特殊なものではない」と理解できた経験を紹介しました。
また、弁護団調査に寄せられた回答の背後には、一人ひとり異なる人生と大きな負担があることを強調し、本書が定量分析と当事者の経験の双方を残したことに意義があると述べました。
本書が、現在も教団内で迷っている人や離脱を考えている人にとって、かつて自分が研究や本に支えられたのと同じ役割を果たすことへの期待を示しました。
ほほこ氏|当事者から見た本書の意義
ほほこ氏は、本書が単なる告発ではなく、「なぜこのような状況が生じるのか」を学術的に分析している点を評価しました。
また、「宗教二世」という言葉が生まれたことで、それまで社会から見えにくかった人々が可視化されたと指摘しました。
二世の信仰についても、「本当に信じていたのか」という問いだけでは捉えきれず、ハルマゲドンへの恐怖や、親に認められるためのバプテスマなど、子どもとしての環境や心理を含めて考える必要があると述べました。
Action氏|「主体性」と「自己責任」
Action氏は、信者が自ら選択しているように見える行動でも、その選択肢や価値判断自体が、幼少期からの宗教教育や教団環境の中で形成されている可能性があると指摘しました。
成人後の行動だけを見て「本人が選んだのだから自己責任」と考えると、宗教二世が置かれてきた環境が見えなくなると述べました。
第二部
編者・執筆者からのリプライ
櫻井義秀氏|100%の強制でも100%の自律でもない
櫻井氏は、信者の行動を「完全なマインドコントロール」か「完全な自由意思」かという二択で見るべきではないとしました。
規則的な信仰生活や教説の反復によって考え方は形成されますが、そこから離れる人もいます。どのような環境の中で、どの程度の選択肢を持ち、本人が何を考えて行動したのかを見る必要があると述べました。
山口瑞穂氏|本書は当事者の経験の上に成り立つ
山口氏は、本書が研究者だけの成果ではなく、多くの当事者が負担を伴いながら提供した経験の上に成り立っていることを強調しました。
また、現在の教団内で以前より穏やかな環境が生まれているとすれば、二世当事者が声を上げ、社会へ働きかけてきたことも影響している可能性があるとしました。
猪瀬優理氏|社会・ジェンダーの視点
猪瀬優理氏は、大学院生だった2000年代初頭、エホバの証人二世が櫻井氏に「自分たちのことも見てほしい」と訴える場面に接したことが、研究の出発点だったと振り返りました。
今回の調査についても、「自分が研究した」というより、当事者が書いた言葉を何度も読み、一人ひとり異なる経験の中から共通するものを探し、皆さんの言葉を借りてまとめさせてもらったという感覚が強いと述べました。
さらに、日本でエホバの証人が拡大した時代には、女性が結婚して専業主婦になることが当然視され、人生の選択肢が限られていた社会背景があったと指摘しました。また、宗教二世の困難を考える際には教団の問題だけでなく、子どもの権利を十分に認めず、軽視することを許してきた社会の側も問い直す必要があると述べました。
清水香基氏|定量研究の意義と分析の視点
清水氏からは、宗教二世の経験を調査し、その方法や結果を、後から参照できる学術的な記録として残すことの重要性について言及がありました。
他方、今回の調査に回答した人々が二世信者全体を代表するとはいえず、回答の割合をそのまま二世信者全体に当てはめて考えることには限界があるとの指摘がありました。
そのうえで、第6章では、多様な信仰教育経験を持つ回答者の間で、受けてきた信仰教育の内容と現在のメンタルヘルスとの関連に注目して分析したという執筆意図を述べました。
全体討議
離脱者支援と高齢の親
櫻井氏は、高齢の親にとって信者コミュニティが生きがいや生活基盤になっている場合もあるため、「脱会させること」が常に唯一の正解ではなく、ケースごとの判断が必要だとしました。
「合理性」の衝突と市民社会
会場質問者信者個人も教団もそれぞれの立場では合理的に行動している一方、その積み重ねが二世に大きな不利益を生むのではないかと問題提起しました。
櫻井氏は、教団内部の合理性と社会の合理性が衝突する場合があり、その調整を国家の強権だけに委ねるのではなく、市民社会が問題を可視化し、議論し、制度や支援を少しずつ改善していくことが重要だと述べました。
信教の自由と「ミニ国家」
討議では、信教の自由は本来、国家から個人の信仰を守るための概念であり、民間の宗教団体内部の統制にはそのまま適用しにくいという指摘がありました。
一方で、宗教団体、学校、会社などの私的組織が強い権力を持ったとき、個人をどう守るかという問題は共通しています。櫻井氏は、伝統的な宗教団体でも、指導者に権威が集中すれば「ミニ国家」のような状態が生じ得るとしました。
宗教リテラシー
櫻井氏は、信者であっても教団や指導者にすべてを委ねるのではなく、自分を守るために宗教について知る必要があると述べました。
学校教育の段階から、宗教について一定の知識を持ち、「これが唯一の真理だ」と言われたときに、自分で考え、議論し、距離を取る力を養うことが重要だとしました。
図書館と「本があること」の意味
山口氏は、外部情報へのアクセスが難しい人に対して、図書館は「知ること」「調べること」が誰にでも開かれている場所として現在も有効であると述べました。
インターネットの情報はプラットフォームの変更などによって長期的に残らない場合もあるため、書籍という形で残すことにも意義がある。また、必要になったときに参照できるためには、「そこに本がある」こと自体に意味があるとしました。
清水香基氏|二世にとっての信仰と、宗教から離れることの意味
清水氏は、回心を経て信仰を持つ一世に対し、二世は宗教を生来の生活として受け継いでおり、同じ信仰という言葉でも、その意味は異なり得ることを指摘しました。
そのため、二世にとって宗教から距離を置くことは、自分が育ち、それまで唯一だった当たり前の世界からを離れるという意味で固有の重さがあることが強調しました。
また、そうした当事者の経験を異なる立場の人に伝える難しさに触れ、調査を通じてその経験を伝えることが、当事者の置かれた状況への理解を深めるきっかけになればという希望を述べました。
ワークショップ全体のまとめ
本ワークショップでは、エホバの証人二世の問題を、特定教団内部の問題としてだけではなく、子どもの権利、信教の自由、主体性、ジェンダー、情報へのアクセス、私的組織の権力、市民社会、宗教リテラシーなど、より広い社会的問題として考える必要性が共有されました。
また、当事者の経験を学術研究として記録し、書籍や図書館を通じて長くアクセスできる形で残すこと自体が、現在または将来、教団の中で疑問を持つ人を支える可能性があることも重要な論点となりました。