本考察は、2023年11月20日に公表された「宗教団体「エホバの証人」における宗教の信仰等に関係する児童虐待等に関する実態調査報告書」に掲載された内容をそのまま転載したものです(項番等もそのままにしてあります)。エホバの証人信者への迫害・ヘイトはしないようにお願い申し上げます。 報告書の目次 |
Contents
第2 輸血拒否について
1 エホバの証人の輸血拒否の教理
(1)エホバの証人は、聖書中に「血を避けるように」「血を食べてはならない」という記載があることを理由に、聖書のいう「血を避ける」とは、食品としての血(または血抜きが不十分な食品)を取り入れないという意味だけではなく、「自己の循環器系を循環していない一切の血を体内に取り入れてはならない」ことを意味すると教えている[1]。
そのため、医療行為としての全血輸血、主要成分輸血、貯蔵式の自己血輸血等を神は禁じているとしている[2]。
(2)教団は、エホバの証人の信者である親に対して、子どもについても輸血をしないよう求めており、「親は『血を避ける』ことを固く決意し,子供のために輸血を拒否しなければなりません」と教えている[3][4]。
また親は、子どもが自分の言葉で輸血を拒否することを弁明できるよう手助けするようにと教えており、医師や裁判官に「自分の言葉で」それを説明するようシミュレーション(練習)をするよう教える文書も存在する[5]。
(3)上記の教えは、教団世界本部が強く打ち出している教えであり、この教えを拒否して悔い改めない場合、教団内で(破門処分に該当するという意味で)最も重い部類の罪にあたるとされている。
輸血を受けいれた信者については、「断絶」(破門)の対象となり得、その場合には信者から絶交され(その信者には親兄弟が含まれるとする報告が多い)、無視をされる「忌避」の対象となる[6]。仮に、ほかの信者が当該元信者への忌避をせずに交流をすれば、これもまた教団への不従順として罪となり、同じく「排斥」(破門)され忌避される可能性がある[7]。なお教団は、これを「愛ある措置」であるとしており、これにより破門された者が教団に戻ってくることを促すものだとしている。
(4)教団は、「毎年,大勢のエホバの証人が大人も子どもも,輸血を拒否したために死亡している」というのは誤解だとしている[8]。さらに輸血をすることでむしろ術後の経過は良好だともいう。
しかし、実際に何人が亡くなっているのか教団は把握し得る立場にいるにもかかわらず、明らかにしようとしない。何より、緊急大量出血の場合と、(鉄分やヘモグロビンコントロールなどの)十分な事前準備の下で時間をかけた精緻な無輸血治療ができる場合についての峻別を一切せず、一定の限定された条件下における輸血拒否による転帰が良好なケースだけを集中的に信者に示していることは明白と思われる。
なお、実際の医療文献では宗教上の理由で輸血を拒否する外科手術後患者を対象とした研究において,Hgb <8 g/dlの症例ではHgb値が1 g/dl低下するごとに死亡のオッズ比が2.5倍ずつ増加し,Hgb <2 g/dlの患者の死亡率は100 %であったとの報告もあるが、こうした輸血拒否の危険性という側面についての客観的な事実につき、信者に公表されている様子は一切存在しない[9]。
2 「輸血拒否カード」及び「身元証明書」とは
(1)本報告書内で「輸血拒否カード」とは、教団内で「医療に関する継続的委任状」と呼ばれる書面をいい、世界本部が統一的なフォームを作成して(定期的に更新される)、信者に記入を強く推奨している。委任状であるにもかかわらず、不動文字で作成・完成されており、合理的に考えて「フォームの改変はできない」ものが教団から呈示されており、本調査の回答結果及び実際に信者がおかれる具体的状況を併せて考察すると、輸血拒否カードの作成を拒絶することは著しく困難であると判断される。
(2)輸血拒否カードには、全血、白血球、赤血球、血小板、血漿の輸血をしないことの指示が記載され、これに加えて、終末期医療にかかる指示も記載されている。かつては、教団が「神が認める」とする代替治療方法についての記載があったが、現時点では自由記述欄に書くようにという指示になっている模様である。
なお、上記各代替治療は、一般人が理解するには著しく困難なもの(アルブミン、免疫グロブリン等)や、緊急出血の代替治療とは全く無関係のもの(透析、インターフェロン等)、さらには過去も2023年現在も存在しないもの(ヘモグロビン製剤)すら挙げられている。
(3)輸血拒否カードの作成(住所の記入と署名押印)にあたっては、意識喪失時の代理の意思決定をするための代理人を指定するが、この代理人は当然に「輸血拒否の信条を理解し協力する者」である必要があるということになる。そのため、最も近い親族・家族であっても教理に反対またはこれを懸念する者が代理人として指定されることは想定しがたく、信者家族又は教理の実践に相当に協力的な家族がいない場合には、法的な関係が存在しない他人が選任され、かつ、家族であれ他人であれ、いずれにせよ代替治療などについての正確な理解がない全くの素人の信者が代理人に選ばれるケースが多い(ないしはほとんどがそうである)と予想される。
(4)輸血拒否カードの作成は、かつてはエホバの証人の集会場にて、集会後に一斉に実行される運用であり、これは相互監視の下、仲間信者のピアープレッシャーにより署名押印をさせる危険性が極めて高いものであったと判断し得る。現在では自宅等で作成することになっているが、2名の立会証人を記載する必要があること、また信者が入院や手術等を受ける場合は輸血が関係しないと思える状況でも医療機関連絡委員会(HLC[10])に援助を要請するよう2023年から強く勧められており、その際に記入済の輸血拒否カードを所持しているかどうか確認されることになっているため[11]、事実上、輸血拒否の信条を表明しているかについて相互監視体制が引き続き敷かれているといえないか深刻な懸念を生じさせる。
(5)「身元証明書」とは、エホバの証人信者である親が作成し、小さな子どもに携帯させることを目的とした書類である。その内容から、自分の意思を表示できない子ども・事理弁識能力のない子どもに所持させることが想定されているものと思われる。
身元証明書には、親として子どもに輸血を望まない旨の記載があり、医師による緊急時の輸血処置を躊躇させ、最も重要な初動の治療に多大な障害を引き起こし得る記載がなされている。また教団は、子どもが病院関係者は裁判官に対して、輸血を拒否する理由をしっかり説明できるよう練習する旨の指示を出しており、現在でも撤回されていない[12]。
3 宗教虐待Q&Aの記述
出所:宗教虐待Q&A
4 輸血拒否カードの所持についての調査結果
(1) 輸血拒否カードを所持していたか
設問 |
「輸血拒否カードまたは身元証明書を持っていたことがありますか? |
集計方法 |
エホバの証人の活動に参加した(関与させられた)のが18歳未満と回答した人を対象に作成した。 |
結果と考察 |
回答者の81%、451人が輸血拒否カード等を所持していたと回答した。 |
(2) 何歳ごろから持ち始め、何歳ごろまで持っていたか
設問 |
図中に示す。 |
集計方法 |
エホバの証人の活動に参加した(関与させられた)のが18歳未満と回答した人で輸血拒否カードまたは身元証明書を持っていたことがあると回答した人を対象とし、横軸を年齢、縦軸を人数で作成した。 |
結果と考察 |
その多くが児童の時から持っていて、成人になるまで持っていたことが読み取れる。 離脱した年齢で輸血拒否カードを持たなくなった回答者もいれば、離脱するより前に持たなくなった回答者もいた。携帯を開始した年齢から成長して自らの意思で行動ができるようになったために、持たないという決定ができるようになったのだと推察できる。 幼児期はもちろんであるが、十代であっても、信者である保護者に経済的及び/又は精神的に依存している以上、輸血拒否カードの所持を明確に拒絶することは実質的に教理への反抗姿勢であること、また信者である保護者から独立して真に自律的に自己決定できる児童は少ないと考えられることから、輸血拒否カードを所持していた理由を考えるにあたり、信者である保護者や、教団からの影響は否定できないと解するのが合理的である。 |
(3) 輸血拒否カードを持っていた理由
設問 |
輸血拒否カードや身元証明書を持っていたのはなぜでしたか? |
集計方法 |
エホバの証人の活動に参加した(関与させられた)のが18歳未満と回答した人で輸血拒否カードまたは身元証明書を持っていたことがあると回答した人を対象とし、横軸を「輸血拒否カードや身元証明書を持っていた理由」、縦軸をその人数で作成した。 輸血拒否カードまたは身元証明書を持ち始めた年齢を18歳未満と回答した人を「児童」、18歳以上と回答した人を「成人」として集計しています。 |
結果と考察 |
① 「保護者から言われたから」が大半を占める。 ②「教団教理を信じていたから」も相応に回答数が確認された。 もっとも、特に生命身体についての自己決定について精神的に未発達な児童の判断を社会が完全に受容するべきなのかは重大な問題である。特にエホバの証人の輸血に関する教理は複雑であるとともに、専門的な医学知識がなければ治療効果の判断が困難な(教団がいうところの)「代替治療」(この中には医学的に不正確なものも含まれる。)について、その意味や効果を理解することは成人であっても極めて困難である。 児童が輸血を拒否すべきとの教団教理に信仰をもったという場合であっても、鞭の慣行等に鑑み児童時点での教理の刷り込みがあっての事ではないかとの疑問はぬぐえない他、当該児童の心理面の発達との関係で、輸血を拒否する治療の選択が、自己の生命身体に対して与える危険性を十分に理解できるだけの判断能力、理解力、精神面肉体面の成熟性があったといえるか等について、慎重な判断が求められると考える。 ※刷り込みからの復帰には多くの時間がかかる[13]ことが社会学的に指摘されており、いわゆるマインドコントロール(「法規範や社会規範からの逸脱した精神支配[14]」)がなされた信者が多数生み出されていないか、という点についての検討の必要性を強く示す調査結果であると判断される。 |
(4) 輸血拒否カードを所持していた年
設問 |
輸血拒否カードや身元証明書を最後に持っていたのは何歳ですか? |
集計方法 |
エホバの証人の活動に参加した(関与させられた)のが18歳未満と回答した人で輸血拒否カードまたは身元証明書を持っていたことがあると回答した人を対象とし、横軸を「輸血拒否カードを所持していた最後の年」、縦軸をその人数で作成した。 なお、年齢から年を当弁護団で計算して推計しております。 |
結果と考察 |
① 1980年代から2020年代にかけて、どの年代においても、信者が輸血拒否カードを所持・携帯していたことが確認された。ある特定の信者や、家庭だけの特殊な事情ではなく、全国的に輸血拒否カードの所持・携帯が教団によって指導されていたことを裏付けると評価すべきと思われる。 ② 2023年にも所持しているとする回答が存在する。 留意点:回答者の多くは、エホバの証人をすでに離れた2世等であり、離れた時点が輸血拒否カードを所持した最後の年となっている。よって、上記グラフから、近時は輸血拒否カードを所持する者が減少しているとの結論が導かれるわけではない点に留意が必要である。 |
(5) 長老などの幹部信者から確認されたことがあるか
設問 |
輸血拒否カードや身元証明書を持っていることを、長老などの幹部信者から確認されたことがありますか? |
集計方法 |
前頁と同じ条件で作成したグラフを「輸血拒否カードや身元証明書を持っていることを、長老などの幹部信者から確認されたことがあるかどうか」で色分けした。 |
結果と考察 |
1980年代から2020年代にかけて、どの年代においても、幹部信者による輸血拒否カード携帯の確認があったことが確認された。 特定の家庭や、特定の会衆に限った特殊な事情ではなく、全国的に行われていたことがわかる。 留意点:回答者の多くは、エホバの証人をすでに離れた2世等であり、離れた時点が輸血拒否カードを所持した最後の年となっている。 よって、上記グラフから、近時は輸血拒否カードを所持する者が減少しているとの結論が導かれるわけではない点に留意が必要である。 |
(6) 長老などの幹部信者からの確認方法
設問「幹部信者からの確認方法はどのようなものでしたか?具体的な確認の方法や頻度についてできるだけ詳細に教えて下さい。」という問に対する個別回答の一部を以下に示す。
・会衆で取り扱う輸血拒否カード書き換え後の一か月間や、会衆にコピーを出していない人がいると、神権家族や長老から王国会館での集会や群れの集会の終わった後に確認されました。 ・財布や免許証入れの中に入れてるかどうか、また子供たちも一緒に首からぶら下げているかどうか時々出し合って見せたり、研究司会者に抜き打ちで聞かれたりしました。 |
(記憶違いでなければ)年に一度更新があったはずなので、その際カードを作っているか確認されていたと思う |
「今日は携帯していますか?」と口頭で確認された。 |
1年に1回、集会後に作成の時間を取って確認し合った。 |
1年に1回、輸血拒否カードに署名押印していました。書籍研究の時だったと思います。幹部信者からの確認というのは個別にはありませんでしたが、そもそも同じ集会内で全員がサインしていたので、サインをしないという裁量はなかったです。 |
201◯年(実際の回答には具体的年数の記載有)に、会衆のグループ監督から、輸血拒否カードの裏表のコピーを会衆の書記へ提出することに「ご協力ください」とメールがありました。 私は、もうその時には信仰を失っており集会にかろうじて出席している、という状態でしたので提出することを躊躇ったのですが、緊急時に備える長老への協力、ということで渋々提出しました。 最後の提出になったのでたまたま目にしたのですが、恐らく会衆の成員全員分のコピーがグループごとにファイリングされていました。 それ以前も、毎年更新することが暗に勧められていましたので、新年最初の集会でみな作成しあっていました。 また、それより前ですが、子宮筋腫の手術の前にはカードの写しを医者と麻酔科医に提出しているかの確認もありました。 |
どうやって携帯しているか…などの話になり、確認されることがありました。 また、継続的委任状の代理人には信者である家族の次に長老を記載しておくことが勧められていますので書いてあるかどうか…みたいなところも把握されている人が多いのかなと思います。 |
あなたは学校に行くときに輸血拒否カードを持って行ってますか?と口頭で聞かれることが時々ありました。集会での交わりや奉仕の時など、個人的なやり取りの中で話の流れのなかで聞かれることはありましたが、特に頻度が決まっていたわけではありません。多くても年に1回か2回程度でした。 |
あまりに幼い頃から持たされていたので記憶が無いが、カードが配られた集会の際に受け取り漏れが無いかの確認はされていたと思う。 |
あまり覚えていないが、第2王国会館?という別室の様な所で確認されたと思う。 |
カードの様式が新しくなった際に「作ったか?」と口頭で確認 |
コピーでの提出、証人欄に記入 |
コピーを取られ研究司会者や母が持っていました。 |
コピーを渡してほしいと言われた |
本人の特定を避けるために「◯」の加工を当弁護団で行っています。
(7) 極めて深刻に懸念される教団の姿勢‐「S-401」
本報告書「第1」「7」で上述したとおり、教団は、児童虐待Q&Aを公表することなどの厚生労働省からの具体的要請を受け、これに対して「喜んで協力する」と公言し、その協力の表明として「5月10日教団通知」(「お知らせ」と題する、全信者に対して各集会場で読み上げられた声明)を公表した。ところが、5月10日教団通知の公表から僅か3か月も経過しないうちに、教団が著しく深い懸念を引き起こす行動をとっていることが本調査において報告されたので、その事実について本調査結果においても報告する。
(本項目における、教団文書言及部分の各下線は当弁護団がそれぞれ付したものである)。
ⅰ 厚生労働省(現こども家庭庁)は、2023年3月31日に教団及び教団世界本部の関係者と会合を持ち、エホバの証人は児童虐待を容認していないことや、会衆の長老たちが親に対して子どもへの輸血を拒否するよう指図したり強制したりしないことを周知することなどを申し入れた。この事実は教団自らが公表している。
これに対して教団は、2023年5月10日付で、「エホバの証人は当局の要請に応じ,こども家庭庁と喜んで協力したいと思っていることを伝えました。そして,こども家庭庁ならびに日本の全てのエホバの証人の会衆に以下の点を伝えました。」との声明を公表し、5月10日教団通知を送付したことを広く世間に知らせた。
ⅱ ところが、5月10日教団通知公表から3か月が経過しない、同年8月7日に、教団は「S-401」という内部文書を「更改」した上で、教団内の幹部である長老たちに電磁的に送付したことが本調査において報告された。
S-401とは、「長老」という幹部しかアクセスできない、教団からの指示等が記載された「長老宛の手紙」と称される書面のうちの1つであり、「妊娠中の女性のための情報」と題されている書面である。また、別の長老向けの指示書「長老の教科書‐神の羊の群れを世話してください」の中では、妊娠が判明した女性信者すべてに対してこのS-401を手渡し、さらに医療機関連絡委員会(HLC[15])に相談するよう勧めるようにと指示されている[16]。先回改定されたのは2021年8月であり、その内容は妊婦である信者に対して「~してください」という表現が多用されているものの、一般人の理解からは「いかにして輸血を避けるか」についての強い推奨であるとも読める内容であり、かつ、実際の現場での運用(個々の長老がどのような語気や口調で情報を伝えるか、熱心な信者である家族が同席した場合にどのような同調圧力があるか等)のエホバの証人社会内の現実、特に故意に輸血を受け入れた場合は忌避を伴う破門処分の検討対象になり得るという強い制裁措置の存在とを併せて考えると、妊婦である信者への心理的影響が深く懸念される書面であった。
ⅲ 改訂版のS-401においては、確かに、冒頭に太字で「この資料は特定の治療法を勧めたり,あなたの代わりに決定したりするためのものではありません。この情報を使って,自分で考えて決定してください。」との文言が新たに追加されている。
もっとも、その後の本論部分では、「以下のことを行う必要があります: (1) 初診の際に,輸血に関するあなたの立場を担当の先生に知らせます。医師があなたの決定を尊重して処置を行ってくれるか確認してください。 (2) 漏れなく記入した永続的委任状(本報告書で言う「輸血拒否カード」)のコピーを担当の先生に渡してください。」等の記載があり、上述したとおり、実際の信者が置かれる状況、及び「故意に輸血を受け入れた場合には、その後の態度次第で破門扱いの対象となること」、「破門扱いとなった場合には極めて深刻な(家族・親族との関係を含む)忌避の対象となること」などの他の教団内制度を複合的に考えると、冒頭の上記注意書きが、信者本人の瑕疵のない真の自由意思に基づく決定を促すにとどまるものと言えるのか、大きな疑問が残るものである。
ⅳ 本件調査において最も重大な懸念を引き起こしたのは以下の点である。
改訂版S‐401は2頁に増えており、改定前には記載されていなかった以下の文言が記載されている。
記
「8. 早産:早産で生まれた赤ちゃんはNICU(新生児集中治療室)で治療を受ける必要があります。新生児科の医師に,赤ちゃんが輸血以外のあらゆる方法を駆使して治療を受けられるようにお願いしてください。」
「 9. 新生児の黄疸:深刻な黄疸に関しては,輸血以外の方法でどう治療できるか新生児科の医師と相談してください。」
以上
これらの文章は、たとえ信者である親が本当に瑕疵のない真の自由意思に基づき実行するとしても、児童虐待(医療ネグレクト)に明確に該当する行為の推奨としか言いようがない。
しかも冒頭記載のとおり、教団は、厚生労働省からの具体的要請を受け、これに対して「喜んで協力する」と公言し、5月10日教団通知を公表したとわざわざ公に宣言しながら、3か月も経過しないうちに上述の内部書面を出しているのであり、政府の提言に「喜んで協力する」と言いながら真逆の行動をとっているとしか評価できない事態である。
(8) 輸血拒否という児童虐待の実際の一例
エホバの証人の輸血拒否教理による児童虐待(医療ネグレクト)については、本調査を通じて多くの報告が寄せられた。そのうちの1件について、以下のとおり紹介する。
なお、本実在事例については、虐待を受けた当事者に対して録音録画を伴うインタビューを含む直接の面談での聞き取りを複数回実施したほか、9年7か月半にわたる全医療記録の提出を受けたうえで同医療記録(医師により数年にわたる各診察のたびに記載された「生の記録」)の精査を実施した。
- 2013年7月
被害児童は10歳になった誕生月に心臓疾患が発見された。両親ともエホバの証人信者。
大規模病院において「外科的措置が必要であり、緊急時には輸血が必要」と診断された。
当該心疾患は外科的措置をしなければ心肥大の増悪・日常生活の制限・成長阻害をもたらすものであった。両親がエホバの証人教理を理由に輸血を拒否し、手術はできなかった。※カルテの記録:
「家族がエホバの証人信者であり、輸血・成分輸血はできないと申し出あり」
「緊急事態には輸血が必要となると可能性を説明したら、信仰上無理と。」
「説明対象:患者本人、母親、父親、エホバの証人の奉仕者」[17]
- 2013年10月
医師からは「医学的見地から今が手術のベストの時期」との説明があり、手術の仮日 程も決定されたが、両親がエホバの証人の教理を理由に後に手術を拒否。
※カルテの記録:
(担当医が)「輸血をしないことが原因で命を落としてしまう危険性があり、万が一そのような事態を両親が容認できるかを良く考えてくださいと話した。本人が10歳とまだ意志決定能力がない年齢なので、両親でよくかんがえて決めて下さいと話した」
※ 被害児童からの報告では、この診察の日、家に帰ってから「自分の口で医師にはっきり輸血拒否をしないと言わなかった」という理由で鞭をされた。
- 2014年3月
両親がエホバの証人信者で輸血拒否をしており手術ができないので、本人が意志決定できるまで手術を延期すると医師が決定。
※ 被害児童からの報告では、この診察の日も、家に帰ってから「自分の口で医師にはっきり輸血拒否をしないといわなかった」という理由で鞭をされた。
- 2015年3月
上記「③」と同様(※鞭についても同様)
- 2016年3月
上記「③」と同様(※鞭についても同様)
- 2017年3月
上記「③」と同様(※中学生になったことを理由に鞭はされなくなった。以下同様)
- 2018年3月
「③」と同様(家に帰って鞭をされたこと以外)
※カルテの記録:
「若いあいだは症状がなくても、次第に心不全症状が出てくる人が多いので、いずれ閉鎖(注:心臓手術のこと)した方が良い疾患なのであると言うことを十分に理解するように父と本人に説明した」
- 2019年3月
「③」と同様(家に帰って鞭をされたこと以外)
※カルテの記録:
「(医師が)本人にはどう考えているか確認したところ、<中略>もっと早く治療してもらっても良かった。輸血の事に関してもどっちでも良いと思っていると」
※なお、被害児童はこの時のやり取りについて、弁護団に対して、「15歳になったときに初めて医師が自分自身の考えを聞いてくれた。本当はすぐに手術してほしいと言いたかったが、親がエホバの証人ではとてもはっきりそのようなことは言えず、ただ『輸血拒否は自分の意志ではない』ということを伝えるために『輸血の事に関してもどっちでも良いと思っている』という表現を使うことが精いっぱいだった。自分だけ学校の体育時間に走ることもできず、生活のすべてが制限され、なんで自分だけがこうなのかという状況にありながら手術をしたくないはずがない。それでもそれをお医者さんにも言えない状況に置かれていたことをわかってほしい」と説明している。
- 2020年3月
「③」と同様(家に帰って鞭をされたこと以外)
※カルテの記録:
「本人は治療法にこだわりはないので、さっさと治してほしいと思っている。」
「成人に達している姉もさっさと治してもらいなよと言っている。」
「本人にはいくら自分がそのように希望していても、まだ未成年なので父が同意しないと手術的内(注:手術できないの誤字と思われる)。と説明」等の記載あり。
※なお、被害児童はこの時のやり取りについて、「16歳まで成長したことと、姉が成人して自分の味方についてくれたので、医師にだけははっきりと自分の意思を初めて伝えられるようになった。姉のようなエホバの証人社会の外部の「大人」で味方になってくれる人が存在したことはとても大きかった。ただそれでもなお、生活すべてを親に依存している状況では、手術を受けることはできなかった」と説明している。
⑩ 2020年4月
※カルテの記録:
「宗教上の理由から両親の輸血拒否が足かせとなっており、未治療で経過している<中略>の症例・<病名中略>としては比較的大きく、右心系の容量負あり。」
「児本人は、何の方法でも良いので早く治してほしいという希望を持っている。姉(20歳)にも相談しており、児の考えを尊重してくれている。父は輸血に関する考えは変わっていないことを確認。」
「本日は、本人と父に加えて、初めて姉が同席。」
・ほとんど話し合いにならない。
・輸血が必要となった場合、本人と姉は輸血してでも救命してほしいとの気持ち(つまり二人は信者ではない)。父は輸血は絶対容認できない考えを曲げない。」
「本人から自分と姉と医師の3人で話をしたいという強い希望があり、父に了解を得て、3人で話をした。その結果、
・自分の体のことを考えてくれない親を受け入れることができない
・自分と信仰を天秤にかけたときに、自分より信仰を大事にする親であると
・姉も同様の意見を持っている
・将来のことについても勉強したいとか、就職したいとか希望を言える親ではない
(エホバはもともと、高等教育を容認していない信仰らしい【医師のカルテ原文ママ】)
・以前(10歳の時)に輸血に関して自分はどう思っているのかと聞かれたときに「行けないことだと教えられています」と答えたのは(注:「行」は誤字と思われる)、親に気を使ってそう言ったのであって、輸血をしないと助からない事態に陥った時は、輸血をしてほしいとの考えを持っている。
・子供の時にエホバの活動に参加させられていたのはとてもいやだった。その考えを押し付けられてとてもいやだったと思っている。」
⑪ 2021年3月
※カルテの記録:
「父(と他界した母)がエホバの証人で輸血拒否」
「本人は確実な方法で治療を希望されており、何かあった場合は輸血も受け入れる。
早く治療してほしいと思っている。」
⑫ 2021年12月
被害児童本人が輸血に同意の上、手術を実施。
エホバの証人信者である父が拒否したため、手術の同意書の証人欄には看護師が署名。
※その他:被害児童(聞き取り時は成人)は弁護団に対して、「自分の父親は、自分や姉がほんの少し体調が悪くなっても買いすぎるくらい薬を買ってくるなど、子ども思いの親だった。ただ、エホバの証人の信仰に関してだけは絶対に自分たち家族や自分の命よりも優先して譲らなかった。エホバの証人の教えが自分を長年の間身体的にも精神的にもとことん苦しめ、その教えが本当は優しかったはずの親との関係や自分たち家族の関係を破壊したと確信している。このことを許すつもりはない」と訴えた。
上記の実例についての、当弁護団の意見は以下のとおりである。
ⅰ 本件は、明白な、エホバの証人教理への信仰を理由とする児童虐待(医療ネグレクト)である。
ⅱ 本件において、「児童相談所への通報」という手段による救済はなされなかった。
「輸血拒否」という生命に直結する事案については、児童相談所への通報という手段についての啓もう、及び、同制度の運用の実効性についての検討を抜本的に行う必要があるのではないか。
特に緊急大量出血の事案においては、児童相談所への通報を介した親権停止はもとより、それより早い仮処分や、さらにより迅速な措置として児童相談所所長による緊急保護措置などが取られたとしても、なお救命のための時間が間に合わない事態が容易に想定されるのが現実である。
ⅲ 上記事例の「⑩」記載のような内容が、医療記録に記載されるという事実自体が、経験則上、異常な事態である。
当該記録から、本件のような事態が生じた際の医療機関側の判断の困難さ、担当医師の苦悩等にも社会は関心を向けるべきではないか。そのためにも、医学界で策定されている「宗教上の理由による輸血拒否患者に関するガイドライン」につき、より実効性のある内容を実現するためのさらなる改良を検討するべきではないか。
ⅳ 上記事例は、特別に稀有なケースとは考えられない。本件調査においては、上記事例とほぼ同種の症例(疾患)を抱える未成年者の事例についての報告があり、当該別報告事例は、上記事例と異なり、治療が現在進行形のケースであった。
日本全国において、どれほどの輸血拒否事例、どのような輸血拒否事例があるのかについての、正確な調査とデータ把握は、喫緊の課題ではないか。
(9) 過去の子どもの死亡事例について
1985年6月6日には、当時10歳9か月の児童が交通事故に遭い大量出血し、その後、大学病院救命救急センターに搬送されたにもかかわらず、両親が輸血を拒否し、その後、当該児童が病院到着から4時間23分後に死亡するという事例が起きている(以下、「85年輸血拒否死亡事例」という)。本件調査報告書の内容・趣旨に合致するため、当該事例についての当弁護団の考えを記載する。
85年輸血拒否死亡事例については、治療にあたった医科大学の整形外科主任教授であった三好邦達教授が極めて重要な論考を残している[18]。同論考の冒頭で、三好教授は同事例について記すことの苦悩を吐露しており、医師が「法律誌」に論考を寄せるということ自体が、この輸血拒否というテーマが医学界のみならず、法律という世界、ひいては法が関わる社会全体で議論を深めるべき極めて重大な課題であることを示していると考える。
同教授による論考の中で重要なポイントと考えられるのは、以下の点である。
① 事実経過‐被害児童は、1985年6月6日午後4時30分頃にダンプカーにはねられ受傷。直ちに救急車にて救命救急センターへ移送され午後4時55分到着。輸血準備中にエホバの証人信者の両親が来院し、揃って輸血を拒否。 やがて仲間の信者数人も来院。センター勤務医、整形外科医、外科医、麻酔科医等、総勢30人余りの医師が処置と説得にあたり輸血の必要性を強調するが納得が得られず、見かねた警察官まで説得に加わったが説得と拒否の繰り返しが数時間に及び異様な雰囲気となった。遂に納得が得られず、輸血することなく輸血以外の全ての救命処置が行われたが、午後9時18分死亡。
② 当該医科学大学の常勤理事会はこの4日後である1985年6月10日、輸血拒否問題について「必要と判断された場合には警察の協力を得て支援団体の排除等に努め、両親への説得を続けつつ、人命を最優先し輸血を行う。これに対する責任は大学が負う。」という決議をして内外に声明。同医科大学の生命倫理委員会もこの声明を支持。
③ 反省する要因の1つは家族以外の他人が存在したことである。両親に説明し、なんとか納得してもらえそうになっても、両親は仲間の信者と相談の上、また拒否となる繰り返しがあった。このような体験から前述した常勤理事会決議としての声明となった。
なお、2023年に入ってからのANNの報道は、この事件のあとに教団が行った声明の発表シーンを放映している[19]。同報道によれば、教団側は、以下の声明をテレビカメラの前で公表している。
- 「聖書の教えに忠実を示されたことを私たちは評価しています」(死亡児童とその家族に向けられたと思われる声明)。
- 「病院の関係者の方が尊重してくださって輸血を強行するという手段に出られなかったことを私たちは感謝していますし」
- 「それは正しい事であったと思っています」
85年輸血拒否死亡事例についての当弁護団の考えは以下のとおりである。
① 本件は完全な「医療ネグレクト」という児童虐待であり、社会通念上許されない。
② 被害児童が死亡した後に教団が行った記者会見の内容は、明白かつ深刻な児童虐待を経たのちに子どもが死に至ったという事実につき、「評価しています」「病院に感謝しています」「正しい事であった」と述べる点において、異常であるとしか評価のしようがない。
③ 上記教団会見について、わざわざ教団自身が見解を述べていること、この明白かつ深刻な児童虐待行為につき「私たちは評価しています」と述べるほか、病院が輸血をできなかったことについて「私たちは感謝しています」などと1人称で述べていることから、この明白かつ深刻な児童虐待行為について、(法的であれ道義的であれ)教団の関与があったと認定されるべきではないか。
④ 「③」で上述の事実のほか、救急搬送後、両親が病院に到着した後について、「やがて仲間の信者数人も来院」・「両親に説明し、なんとか納得してもらえそうになっても、両親は仲間の信者と相談の上、また拒否となる繰り返しがあった。」との指摘が権威ある医師からなされており、かつ、このことを受けて医科大学の常勤理事会及び生命倫理委員会が「必要と判断された場合には警察の協力を得て支援団体の排除等に努め、両親への説得を続けつつ、人命を最優先し輸血を行う。」との結論に至ったという事実からも、この明白かつ深刻な児童虐待行為について、(法的であれ道義的であれ)教団の関与があったと認定されるべきではないか。
(10) 宗教的理由による輸血拒否がもたらしてきた死亡者数の考察
エホバの証人の輸血拒否教理を実践することでこれまでに何人の人が死亡してきたのであろうか。
輸血拒否の信仰を原因とする死亡者数を正確に把握することは、教団外部のどのような人物や団体にも不可能であろうし、教団自身も把握しているかどうかも不明である。もっとも、医師・医療従事者のための総合医療情報誌である『日経メディカル』は、2023年4月10日から16日にかけて、医師会員を対象とした「宗教上の理由による輸血拒否」についてのアンケートを実施し、同年4月28日に総回答者数9210人から得た調査結果を公表した[20]。
同調査結果のポイントは以下のとおりである。
① 総回答者数は9210人
このうち輸血を伴う医療行為を手掛けたり輸血への同意を取ったがあるのは4873人である。
② 上記輸血を手掛けた医師4873人のうち宗教上の理由で患者やその家族から輸血を拒否された経験があるのは69.8%。このうち42.3%の医師が「複数回ある」と回答した。
③ 上記②の医師らの、輸血拒否後の患者の転帰についての回答は以下のとおり
・「輸血できなかったため救命できなかった」が241例
・「輸血を拒否した患者の転帰につき(転院などのため)わからない」が583例
・「輸血と関係なく救命できなかった」が283例
・「救命できた」が2351例
④ 輸血拒否例のうち最も重篤だったケースで輸血が必要となった理由では「大量に出血したこと」が63.0%と最も多い。
この結果から、まず、少なくとも241人が宗教上の理由による輸血拒否を原因として死亡していることが明らかとなった。
なお、参考として、この調査結果について「代表性」を見出すこと、すなわち、日本全国には医師が約34万人存在するところ[21]、上記調査に回答した一部の調査対象医師らから得られた調査結果が約34万人の医師らに起きている事象を偏りなく正確に反映していると考えて、「上記調査結果の数値は医師全体に起きている事象の縮図である」との前提の下、上記調査結果の数値を医師全体を母数とするパーセンテージに引き直して日本全国で起きた宗教上の理由による輸血拒否に起因する死亡者数の総数を推定することはできるのであろうか。
統計理論の観点からいえば、代表性の判断にはバイアス・回答意欲の有無等の多様な要素が関係するため、様々なアンケートの結果について理論的な保証を担保することが困難であることは言うまでもない。その前提の上で、上記調査結果については、
ⅰ 回答した医師ら9210人のうち、47%にあたる4337人はそもそも輸血を手掛けたことがないことを前提に回答していること
ⅱ 輸血を手掛けたことのある残りの53%の医師らのうち、さらに30.2%の医師らは宗教上の理由による輸血拒否の経験がないことを前提に回答していること
ⅲ 輸血を手掛けたことがあり、かつ、宗教上の理由による輸血拒否の経験がある医師ら(総回答者100%(9210人)×52.9%×69.8%=36.93%)の回答は、「救命できた」「転院などのため転帰はわからない」「輸血に関係なく救命できなかった」「輸血できなかったため救命できなかった」に分かれており、死亡の原因が輸血拒否であるか否かについての正確な峻別がなされていること
ⅳ そもそも総回答数が9210人と量的に多いこと
などの要素から、母集団(医師全体)に対する代表性があると仮定して、母集団全体に引き直した数値を考慮することは輸血拒否による死亡者数の推計作業と全く無関係とはいえないものと考える。
もしも仮に、上記調査結果が日本の医師全体に起きている事象の縮図であると仮定するならば、上記調査に回答した医師の数は国内の全ての医師約34万人の約2.7%に相当し、9210人から得られた回答結果の数値を37倍にすれば医師の総数を母数とする数値に引き直しがされる。
上記調査結果では、241人の宗教上の理由による輸血拒否を原因とした死亡のケースが報告されており、この数値に37をかけると、8917人となる。また、「転院等の理由により転帰が不明」というケースについては、無輸血治療可能な医療機関に転院して救命されたケースが相当数あることが予想されるが、同時に、転院が必要というケースは症状が重篤すぎるために転院するケースも相当数含まれると考えられ、転院後に死亡に至ったケースも予想されるため、こうしたケースも含めた場合の死亡例は、当然に、上記8917人という数値を上回ることとなる(これが、机上の数値による1つの算定結果の呈示にとどまることは、繰り返し強調する)。
上記調査結果を基礎として、正確な「宗教上の理由による輸血拒否を原因とした死亡者数」を図ることは誰にとっても不可能と考えられるのであるが、まさにこの点こそが非常に大きな問題である。つまり、エホバの証人の輸血拒否教理を原因として死亡した人/死亡する人の数は誰にも正確に把握されていない=暗数であり、さらにその中に子どもがどれほど含まれているかもまた、暗数である。したがって、こうした死亡事例(及び救命に至ったとしても輸血拒否により重篤な後遺障害が残存したケース)について、どの程度の数が存在するのかについて、社会が把握・認識できる調査や仕組みが必要ではないか。
さらに言えば、輸血拒否例のうち最も重篤だったケースで輸血が必要となった理由では「大量に出血したこと」が63.0%と最も多いのであり、突然の大量出血という緊急事態において、「本当に輸血を拒否して死亡に至っても良いのか」という事実を熟考できる時間など到底ないケースが多いことがデータ上で示されているものと考えられる(本調査報告書の主眼である「児童虐待」というテーマの観点からいえば、平成27年から令和元年は2歳~14歳の子どもの死亡原因の第1位は全て「交通事故」、すなわち緊急の大量出血が予想されるケースである[22]。また、妊産婦の死因の1位も大量出血とされているところ[23]、妊産婦の死亡自体が悲劇であるが、そうした事態が発生する際には胎児・新生児も死亡に至る危険性が高いことは指摘するまでもない。)
他の項目で指摘した「輸血拒否カード等の携帯」という問題は、この深刻な事実と併せて検討されるべきことが明白というべきである。
(11) 子どもの輸血拒否に対する法的対応及びさらなる重要な改善点
信者である保護者がエホバの証人の輸血拒否教理への信仰を理由に子どもの輸血を拒否する場合(以下、「輸血拒否医療ネグレクト」という)、当該子どもの生命・身体を守るための法的対応はどのようなものであろうか。この点につき、社会一般については、インターネット上等で「親権喪失の審判制度があるからもう対応は十分にされていて問題はない」という雑駁で誤った意見が見られたり、弁護士等の法律の専門家の間でも十分に理解されているとは言えない状況であるように思われる。また、輸血拒否医療ネグレクト発生の際に緊急治療にあたる医療機関や児童相談所の負担と努力がどれほどであるかについての関心や理解も不十分であるように思われる[24]。そして何より、エホバの証人の個々の信者ら自身が、緊急輸血拒否の事態が本当に自分たちの身に起きた時に、一体、どのような現実が待ち受けているかについての認識が著しく希薄であるように観察される。
そこで、本項目においては、①輸血拒否医療ネグレクト事案が発生した場合の枠組み、②当該枠組みの現実の運用における懸念点と改良の余地、③これらに関連したエホバの証人に関わる様々な事情について報告する。なお、法的枠組み全体について解説することは本報告書の趣旨を逸脱するため、「緊急の輸血拒否事案」について限定した報告をする。
※本項目は、子どもの命に直結すること、制度的枠組みと関連することなどの観点から、本報告書の内容の中でも最も重要な部分の1つであると、当弁護団は考える。
ⅰ.法的対応についての指針
輸血拒否医療ネグレクト発生時の対応について、2023年11月時点で指針となる公的資料は以下の3つである。
①『医療ネグレクトにより児童の生命・身体に重大な影響がある場合の対応について』[25]
②『医療ネグレクトへの対応手引き 平成25年改訂版』[26]
③『宗教の信仰等を背景とする医療ネグレクトが疑われる事案への対応について』[27]
これら3つの資料のうち、①が現行法における考え方や必要な手続等を整理したものであり、②は医療現場及び児童相談所等の対応の実際の流れをより詳細かつ具体的に説明したものであり、③は特に輸血拒否医療ネグレクトに具体的に着目して要点を集約した内容、という関係になっていると考えられる。
ⅱ.輸血拒否医療ネグレクトが起きた場合の現在の法的対応は、概ね以下のとおりである。
かつては親権喪失宣告の申立て等により対応していたが、平成24年4月1日に施行された改正民法により、親権の停止制度が新設されたことなどに伴い、これ以降、対応方法に変更が生じている。以下の①→④は、救命のための時間・緊急性を考慮して選択されるもので、①→④に進むにつれて、より緊急性が高い場合への対応の選択順序である。
①親権停止の審判による親権代行:児童相談所長が家庭裁判所に「親権停止の審判」を請求し、審判確定による親権停止後、親権を代行する児童相談所長等が医療行為に同意して医療機関が医療行為を行う(但し、緊急の場合は時間的に治療が間に合わないことがある)
↓
②「①」の保全処分:児童相談所長が親権停止の審判を請求しその効力が生じるまでの間、親権者の職務執行を停止し更に必要に応じて職務代行者を選任する「審判前の保全処分」を申し立て、家庭裁判所が親権者の職務の執行を停止し、必要に応じて職務代行者を選任する。職務代行者が選任された場合には職務代行者が、職務代行者がない場合には親権を代行する児童相談所長等が医療行為に同意し、医療機関が医療行為を行う(但し、緊急の場合はそれでも時間的に治療が間に合わないことがある)
↓
③児童相談所長による緊急措置:児童相談所長等による監護措置については、児童の生命・身体の安全を確保するため緊急の必要があると認めるときは、親権者等の意に反してもとることができる旨が明確化された(児童福祉法第33条の2第4項、同法第47条第5項)。よって、緊急事態であるにもかかわらず親権者等による同意を得られない場合には、この規定を根拠として児童相談所長等が医療行為に同意し、医療機関が医療行為を行うことができる(但し、緊急の場合はそれでも時間的に治療が間に合わないことがある)
↓
④緊急避難(事態の緊急度が一刻の猶予もない場合)‐超緊急の際には、医療機関の判断によって緊急避難(民法720条第2項、刑法37条)として医療処置が執行されることもありうる[28]。
このように、現在の法的対応の枠組みは、緊急性に応じて、①親権停止の審判→②親権停止の審判の保全処分→③児童相談所長による緊急措置→④最終的には民法・刑法の緊急避難概念による医師の判断、というものである。
ⅲ.運用における現実の困難
上述のような枠組みが関係者らのたゆみない努力により構築・改良されてきているが、実際に緊急大量出血の輸血拒否医療ネグレクトが発生した場合、現実の現場においては、治療開始に至るまでには様々な障害・困難が存在すると考えられる。
(ⅰ) 緊急の大量出血における輸血拒否医療ネグレクトにおいては、上記ⅱ「④緊急避難概念による医師の判断」が最も早く最も効果的と考えられる。
もっとも、ただでさえ究極の救命現場に立っている医師にそうした判断をさせることは相当の心理的負担を医師に与えるものであろうし、「輸血行為をして医療機関の違法性が問われた最高裁判例」[29]の結論だけが頭に入っていれば、訴訟提起の可能性が、適時の輸血を伴う治療への萎縮効果を生じさせる可能性もある。もとより医学の専門家である医師に民法・刑法の緊急避難による違法性阻却に基づいた判断を求めることも多大な心理的負担を与え得る。
さらに、より現実的な観点からは、医療行為を行うことの決断に際しては、大規模病院においては、治療担当医から上長の医師、病院長、さらには医療機関の顧問弁護士に報告・相談してから決断がなされると指摘する医師もいるし、医師の常識的な感覚からは、まずは治療の必要性を理解してもらうために保護者を説得することが第一に来るであろうと述べる医師もいる。
また、このような対応に追われる場合、救命救急に携わる医療機関側は、1分1秒を争うはずの他の緊急患者への治療にあたる時間が圧迫される事態となる可能性も予想される。
こうした不可避な障害や問題が存在する中で、上記④の対応が迅速になされるか否かについては、社会の検討や制度的対応が不可欠と考えられる。
(ⅱ) 仮に、医療機関の判断により、上記ⅱ④の対応がとられない場合は、上記「③児童相談所長による緊急措置」によることとなる可能性が高いと考えられる。ただその場合であっても、児童相談所への通告はⓐ 医療処置の同意問題が発生して親権者への説得が開始された時点又はⓑ 一定の医療処置の説得が試みられたが親権者の不同意が明確となった時点が想定され、医療機関が通告するまでのタイムラグが生じ、その後、児童相談所においては「緊急受理会議」が行われたうえで、複数の確認作業を経て「緊急措置」に至ることとなる[30]。
医療機関側の対応にどれだけの時間がかかるかにもよるが、児童相談所側が全精力を挙げて対応に奔走したとしても、「緊急措置」による治療開始まで3~4時間は必要ではないかと語った児童福祉の行政関係者もいた(なお、上述のとおり、「85年輸血拒否死亡事例」においては、輸血以外のすべての医療措置が尽くされたにもかかわらず、高度救命救急センターに児童が搬送されてから死亡に至るまでの時間は4時間23分であった)。
(ⅲ) 本調査報告書の趣旨と関連して、重大な検討課題となるのは、一定の判断能力があり、自分の意思を表明できるとみなされる15歳~17歳の子どもに緊急輸血拒否事案が発生した場合である。
こうしたケースについては、『医療ネグレクトへの対応手引き 平成25年改訂版』及び『宗教の信仰等を背景とする医療ネグレクトが疑われる事案への対応について』のいずれの資料も、『宗教的輸血拒否に関するガイドライン』[31]に依拠する旨が示されており、当該ガイドラインによれば、「輸血拒否の当事者が15歳以上で医療に関する判断能力がある場合で、親権者と当事者の両方が輸血拒否をする場合、医療側が無輸血治療を貫くと決定する場合は免責証書の提出を受けて無輸血治療を実施すること・医療側が無輸血治療が難しいと判断した場合は早めに転院を勧めること」とされており、判断能力のある15歳以上であれば親権者及び患者自身が無輸血治療を希望すれば、輸血治療はなされないという結論に至っている。
当弁護団は、権威のある高度専門家の合議体により作成されたこの『宗教的輸血拒否に関するガイドライン』に異議を唱えるものではないが、本調査報告書により明らかになった事実(そしてこれらの事実は、当該ガイドライン制定時には社会一般にそれほど認識されていなかった事実であると考える)を踏まえて、当該ガイドラインをさらに改良する余地がないか、検討いただくことを強く提言したい。
すなわち、本件調査の回答者の多くは、①非常に幼い時から集会・大会に連れられて宗教教育を受け、②伝道という、幼い子どもにはそぐわない活動に参加し、③一般社会の人との交友を制限され、④一般社会の人に対しては「自らの口で信仰を表明するように」と教えられ、⑤輸血拒否の場面においては、裁判官や医師に対して「自分の信仰」なるものを表明することができるよう「練習」を事前にしておくようにと教える宗教団体内で育ち、⑥教団の教えに明白に逆らえば忌避の対象となりえる状況、そして、間近に迫るハルマゲドンで滅ぼされることになると教えられる状況で育ち、⑦僅か12歳ころから正式信者となる人数が急増する宗教団体内で育ち、⑧上記の各事項を含む教団や親からの教えに逆らえば極めて苛烈な身体的・心理的虐待行為を頻回に受ける状況で育った人たちである。
ここまで特異な環境で育った、僅か15~17歳の子どもが、自分の命を失うことになるかもしれない「輸血拒否」を自分の口で表明した場合、果たしてそれが「真の自己決定」であるのか、その言葉や意思表示を尊重して、無輸血治療を貫くことが社会的に許容されることなのか、といった懸念につき、十分な検討を加えていただきたい旨を提言する。
(ⅳ) なお、『医療ネグレクトへの対応手引き 平成25年改訂版』p.24には、一般社会の善良さが反映された文言が記載されている。そこには、「◆保護者を非難しない‐保護者を非難したり責めたりすることは慎重に避けることが必要である。通常こうした事態では、保護者側に強い困惑か複雑な葛藤、何らかの事情があるのが常である。またさらに保護者は当の医療処置を拒んでいたとしても、後に健康となった子どもに対しては良き親であろうとする意思を持っていることが多い。こうした先々までの経過を見通して、目の前の課題について冷静に扱うことが、援助者の姿勢 として重要である。」と記されている。
輸血拒否医療ネグレクトに至る信者である親の状況にもまた、(ⅲ)で記載した子ども側の状況と同じような複雑な要素が存在する。それは、「自分の子どもの命を本当に救いたいのなら教団の輸血拒否教理に従わなければならない」という、悲痛なまでの子どもへの愛かもしれず、「輸血拒否教理に従わなければ、自分が忌避され、子どもも忌避される。将来のハルマゲドンにおいて親子ともども滅ぼされる」という恐怖感かもしれない。
いずれにせよ、こうした、周囲からは容易に理解できない複雑かつ重層的に構築された親の心理状態が、輸血拒否医療ネグレクトという結果につながっているのは明白であり、社会一般がそうした面に思いを向け、対応してゆくことが重要であると考える。
5 輸血拒否についての小括
(1) 輸血を拒否する旨の意思表示カード等の携帯にかかる量的確認
いわゆる「輸血拒否カード」や「身元証明書」について、①その内容からして「輸血を拒否する旨の意思表示カード等」(宗教虐待Q&A 問4ー5参照)にあたり、さらに、②信者である保護者・児童共に携帯していたことが量的に確認された。
(2) 信者による児童虐待行為の存在
上記を前提に、①輸血拒否カード等の作成を保護者から指示され、また、その携帯を確認されていたと証言するケースが多数に及ぶこと、またなにより、②長年にわたり輸血拒否がエホバの証人内で極めて強く推奨されてきたと評価できる状況であり、信者である親が子どもの輸血を拒否し、又は子どもに対して同様の指導をしている事例や、子どもをして輸血を拒否させるよう求められている事例が現実に存在すること、③輸血拒否カード等の携帯や、場合により、医師に対して直接「輸血拒否」の意思表示をすることは、子ども自身が真に自己の意思で自律的に判断の上で輸血を拒否することが困難(ないし事実上不可能)であることからして、「医師が必要と判断する医療行為(手術、投薬、輸血等)を受けさせないこと」や、信者である親が子どもに対し「輸血を拒否する旨の意思表示カード等を携帯することを強制」するケース(宗教虐待Q&A 問4ー5参照)の存在が認定できる。
(3) 上記の児童虐待行為に教団が実質的に関与していると言わざるを得ないこと
「輸血を拒否する旨の意思表示カード等を携帯することを強制」することについて、下記の事実に鑑みれば、教団が「強制」をしてきたと言わざるを得ない。
- 教団世界本部が輸血拒否カード等の書式を作成していること
輸血拒否カード等の書式は、基本的には教団の提供する印刷物である。この書式は、エホバの証人の最上層部である教団世界本部が決定するものであり、印刷物を手渡されるために基本的に改変が物理的にできないものである。原則として信者が自由に決定することはできない。自作のカードを作る例があると「聞いたことがある」との報告はあったが、これは恐らくまだバプテスマを受けていない伝道者[32]に対して勧められている方法のことだと思われ[33]、またそれはほぼ教団の書式の丸写しであるとの報告であったし、実際にそのようなカードで、教団が用意する内容と違うものを自分の意思で自作したという経験者からの報告は本調査では存在しない。
- 輸血拒否カード(子ども用「身元証明書」を除く)作成の過程に教団が深く関与していること
教団は、輸血拒否カードの作成にあたり、2人の立会証人(信者ではない者でも証人になることは可能だが、現実的に信者であることが多い)が署名するよう指導している。また、輸血拒否カード等について、教団の出版物において、会衆の責任者(長老)に写しを渡すことを推奨していた時期もあり[34]、原書は常に携帯するよう今も強く勧められている[35]。そして実際に、輸血拒否カードの作成にあたり集会後に信者が集まって作成していた、長老などの幹部信者から内容の確認がなされたとする回答があり、これは教団の出版物上の指示と符合する(現在は「飽くまで信者個人の意思表示である」と強調するためか、自宅で作成するように指示される様である)。
- 教団は、信者である親に対し子どもへの輸血拒否を命令表現にて直接指示をしていること
(ⅰ)そもそも、信者の親が子どもの輸血拒否をしたり、子どもの輸血拒否カードを自ら作成・子どもに作成させる場合、それは輸血拒否という教団世界本部の教えがあるからであり、この宗教教理以外の理由からこのような生命にかかわる決断、かつ、確立された現代医学を否定する決断をすることは、合理的に考えられない。
(ⅱ)そして輸血拒否につき教団がどのような具体的指示を長老たちに行っているかは、教団内部資料であるいわゆる「S-55」文書[36]のとおりである。
「S-55」では、「親は血を避けることを固く決意し、子どものために輸血を拒否しなければなりません」(教団世界本部作成の原文は“Parents must be firmly resolved to ‘abstain from blood’ by refusing it for their child.”となっており、表現はMUSTが用いられている)と命令文である。
これをもとに、長老が信者である親に、輸血を拒否しなければならないと指示をした実例が2023年にも報告されている。さらに、単に指示をするだけではなく、法的手続にあたっての弁護士の紹介、裁判官への回答の仕方まで、事細かな指示がなされていることに留意が必要である。
- 信者である親について「子どもの輸血拒否」を拒む自由が著しく制限される状況があること
教団は、長老を通じて、信者である親に対して、子どもの輸血拒否をするよう教えるが、「親がそれに従わない場合にどうなるのか」という視点は「実質的な強制又はそのおそれ」の有無の判断において極めて重要である。また、その際には、教団内部の信者の扱いを重層的に理解することが不可欠である。
輸血を拒否しないとするならば、それは教団の指示[37]への反抗であり、エホバの証人内では何らかの処分対象になり得る。仮に最も重い「断絶」(破門)扱いとされた場合、教団からは、ほかの信者に対して当該元信者との一切の交流を絶つようにとの強い指示がなされており、親兄弟であってもこの指示を適用するケースの報告が多数存在する(いわゆる「忌避」である)。教団は、忌避対象となった元信者と交流を持つ信者についても同じく破門処分の対象になり得るとの運用をしており[38]、「忌避」による実質的な心理的圧力は極めて強いものであると判断される。このように、信者にとって輸血をする旨の意思表示は、「忌避」のリスクを甘受すること、多くのケースでは信者家族に二度と会えず、話すらできなくなることが前提であり、これが信者の真の自由な意思による決定を激しく阻害し得る。
出所
[1] 『ものみの塔1991年6月15日号』、『わたしたちの王国宣教 2006年11月号』、
『いつまでも幸せに暮らせます 楽しく学べる聖書レッスン p.255, 補足情報 3. 血液が関係する医療処置』など、非常に多数の出版物において繰り返されてきた一貫した教理である。
[2] 『いつまでも幸せに暮らせます 楽しく学べる聖書レッスン』‐レッスン39 p.163-166
[3] 教団資料S-55「親として子どもを血の誤用から守る」
[4] 『ものみの塔1991年6月15日号』には、以下のような記載がある。
・「自分の未成年の子供が輸血を受けるかどうかということは、実際のところ親がそれほど規制できることではないと感じている親もいるようです。どうしてこのような誤った見方をするのでしょうか」
・「親が自分たちの愛する息子や娘に対する輸血を良しとしない決定を下し、同時に、現代医学によって可能になった代替治療を用いるよう求める時、エホバの証人の子供たちは放置されているのでも、虐待されているのでもありません」
・「輸血療法の危険について考慮するなら、医学的な見地からしても、これは放置や虐待ではありません」
[5] 『ものみの塔1991年6月15日号』
「子供が幼くても成人に近い年齢であっても,賢明な親は自分の子供たちとこうした問題について復習することでしょう。親は一人一人の若者が判事や病院関係者が尋ねる可能性のある質問に直面するという設定で,練習の場を設けることができます。」
[6] 『長老の教科書‐神の羊の群れを世話してください』 18章3節(3)。なお、本件調査に回答した1人の現役長老は「罪を犯した場合が排斥、自らの意思でエホバの証人をやめることを意思表示するのが断絶であるはずなのに、輸血を受け入れるという罪を犯した場合の措置が「断絶」とされていることに大きな疑念が生じる。しかも公表されている出版物の中では輸血を受け入れることは排斥の対象と明記されたままで、断絶扱いになることは公表されておらず、一般信者の多くはそのことを知らないと思われる。こうした論理的不整合や信者の認識の現状を考えると、輸血の受け入れを理由に排斥とすると「輸血拒否を強要している」と社会から指摘される可能性があるため、あえて、「自らの意思による離脱である断絶」という処分をすることを組織の内部で決めたのではないかという疑いが晴れない」と報告した。
[7] 『長老の教科書‐神の羊の群れを世話してください』 12章17節(1)
[9] 山岡正和他『姫路赤十字病院誌 Vol.42 2018 ヘモグロビン1.5g/dlの重症貧血患者の治療経過中に合併した心不全』
[10] 無輸血治療に協力的な医師・医療機関を信者に紹介し、血液に関するエホバの証人の宗教上の立場を医師等に説明するなどのサポートを行うと自称する教団内部組織
[11] 『長老の教科書‐神の羊の群れを世話してください』 11章6-10節
[12] 『ものみの塔1991年 6月15日号 p.13–p.18』
[13] 「脱会プロセスとその後ーものみの塔聖書冊子協会脱会者を事例に」、猪瀬優理、宗教と社会 2002 年 8 巻 p. 19-37
[14] 「決定版マインドコントロール」紀藤正樹著、アスコム社
[15] 無輸血治療に協力的な医師・医療機関を信者に紹介し、血液に関するエホバの証人の宗教上の立場を医師等に説明するなどのサポートを行うと自称する教団内部組織
[16] 『長老の教科書‐神の羊の群れを世話してください』 11章2節
[17] 被害児童本人によると、この「エホバの証人の奉仕者」とは、医療機関連絡委員と呼ばれるエホバの証人の長老で、もっぱら両親ではなくこの長老が医師への説明をしたとのことである。
[18] 『法学教室1992.1-No.136 p.46「医学の立場から」』
[19] ANN テレメンタリー2023 「輸血拒否 誰がために~エホバの子 信仰か虐待か~」
[20] 「輸血を伴う医療行為を手掛けた経験のある医師4873人に聞いた「信仰を背景とした輸血拒否の実態 信仰を理由に輸血を拒否された経験を持つ医師は7割」『日経メディカル』2023年4月28日
[21] 厚生労働省『令和2(2020)年 医師・歯科医師・薬剤師統計の概況』
[22] 消費者庁消費者安全課『⼦どもの不慮の事故の発⽣傾向』、厚⽣労働省『⼈⼝動態調査』 こども家庭庁『令和2年度⼦供の事故防⽌に関する関係府省庁連絡会議資料』等
[23] 日本産婦人科医会 医療安全部常務理事長谷川潤一『妊産婦死亡報告事業 2019 2010年~2019年に集積した事例の解析結果』
[24] 当弁護団は、緊急輸血拒否の事案は発生する母数が少ないであろうことを考えると、こうした現状があることはむしろ当然のことであると考える。本件調査中及びその前後の期間、輸血拒否医療ネグレクトについて複数の弁護士や複数の児童相談所の職員等に聞き取りを行ったが、「輸血拒否に関する最高裁判例の判断の基本枠組みさえ知らなかった」・「そうした事案が管轄内で過去に発生していないので対応のフローチャートについてすぐに説明はできない、確認が必要」といった意見が寄せられた。繰り返しになるが、このような事例の経験者自体が極めて少ないと思われるためにこうした現状は当然のことであろうし、一方で、いざそうした事態が発生した際には、関係者は「子どもの命に直結する状況」に突然おかれることになり、しかも過去の類似経験を誰も持っていない、という状況になり得るのであるから、本項目記載事項の報告は、特に意味があるものと考える。
[25] 厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課長 雇児総発0309第2号平成24年3月9日
[26] 日本子ども虐待医学研究会 医療ネグレクトへの対応手引き改訂ワーキングチーム
[27] 厚生労働省こども家庭局 家庭福祉課 虐待防止対策推進室 令和5年3月31日
[28] 『医療ネグレクトへの対応手引き 平成25年改訂版』には、以下の記載がある。
「このような対応を行う法的根拠には様々な考え方がある。いずれにせよ、子どもの最善の利益の観点から選択の余地のない、一刻の猶予もないことであれば、例え親権者が同意していなくても、その医療処置 の実施を制限したり禁じたりする法的正当性はない、つまり、子どもに対し特定の医療行為 が明らかに必要であるにもかかわらず、親権者がこれを拒否するときは、その親権者の拒否は親権の濫用にあたり違法であるというのが司法の立場である。」
[29] 平成12年2月29日最高裁平成10(オ)1081事件判決
[30] 『医療ネグレクトへの対応手引き 平成25年改訂版』p.21等
[31] 日本輸血・細胞治療学会外4学会の宗教的輸血拒否に関する合同委員会によるもの
[32] 布教活動は始めているもののまだ正式に信者にはなっていない人
[33]『長老の教科書‐神の羊の群れを世話してください』 11章8節(3)
[34] 『王国宣教2004年12月号 p.7「血を避ける助けとなる新しい備え」』
[35] 本項目に関する教団資料として例えば以下のものがある。
1:教団資料『血に関する問題に立ち向かう助け、継続的委任状記入のための指示』
[36] 教団内部文書とされる「S55『親として子供を血の誤用から守る』」(原文:How Parents Can Protect Their Children From Misuse of Blood)
[37] 「指示」と表現するのはS55を根拠とする。
[38] 『長老の教科書‐神の羊の群れを世話してください』 12章17節(1)。