1.エホバの証人教団において行われている慣行のうち、多くの方が悲痛な苦しみの声を寄せているのが「忌避」という問題です。
「忌避」という言葉は、エホバの証人内部で用いられる言葉ではありませんが、「一度信者になった人が、『排斥(破門)処分』になるか、又は『断絶』と呼ばれる脱会手続を自らとった場合に、それまで極めて親密な関係にあった仲間のエホバの証人信者から一切の交流や接触を拒否されること」であり、エホバの証人信者はこれらの元信者に、文字通り「あいさつの声もかけてはならない」とされています。
また、エホバの証人の公式見解では、こうした元信者について「家族である信者は家族としての交流は持ってもよい」とされていますが、実際のところ、家族・親族である信者とも「一切の」交流を断たれ、その過酷な状態が10年、20年と続いていることを訴える元信者もいます。
2.この「忌避」の実態について、ある元信者の男性(40歳)は、次のようなご相談を寄せられました。
①私がバプテスマ(洗礼)を受けてエホバの証人の正式な信者になったのは中学校1年生の時です。物心ついた時から過酷なムチを受け続け、エホバの証人の教えに反することの一切を禁じられ、エホバの証人組織と教えの中だけで育った私には、事実上、そのような若い時期に正式な信者になる以外の選択肢はありませんでした。また、正式な信者になった後も、友人・知人は全てエホバの証人の信者だけであり、私にとって所属するコミュニティは一般社会に存在せず、生活の全てはエホバの証人社会の中で構築されていました。
②私が20歳になったとき、職場で出会ったエホバの証人信者ではない一般の女性と恋をするようになりました。一般社会では全く持って通常の恋愛関係でしたが、エホバの証人の掟では「決して許されない罪」であったため、排斥(破門)の検討の対象となり、その時私は自ら「断絶」手続をとりました。一度正式なエホバの証人になると、この宗教の決まりでは退会する唯一の方法は「断絶」しかなかったからです。
③ひとたび「断絶」の手続をとると、私の人生は忌避により文字通り一変しました。それまで兄弟、姉妹と呼びあい、極めて緊密な関係(しかも私にとっての唯一の所属できる社会)を築いていたエホバの証人信者の人たちから、本当に一言も声をかけてもらえなくなりました。また、家族との関係も一変しました。私は、当時両親と住んでいた家には即座にいられなくなり、家を出ることになりました。最初の1年間は、たまに母親(信者)が「エホバの証人組織に戻ってくるように」と強く迫って職場に押しかけてくることはありましたが、「断絶」から1年もたつと、完全に親との関係がなくなりましたし、とても仲の良かった実の兄(信者)とも一切の交流はなくなりました。それまで所属していた唯一のコミュニティ・社会から放逐されることになった私は、一般社会で仕事をして経済的にやっていく上でも語りつくせないほどの苦労をしました。
④「断絶」から5年ほど経過した時に、私はなんとか経済的にも安定し、もう子供ができていましたので「せめて家族としての交流だけでも取り戻したい」と思い、まさに頭を何度も下げる形で思い切って両親と連絡を取ってみました。その際に親と話をすることはできたのですが、驚愕するような事実ばかりを知らされました。まず、兄はずいぶん前に結婚していたと知らされ、結婚式に呼ばれていなかったばかりかその時まで兄の結婚の事実すら知らされていませんでした。それどころか、私が生まれ育った一軒家は私の知らないうちに売却されて、自分の20年間の思い出の品や写真なども、一切捨てられてしまっていたと知りました。何より最も落胆した事実は、自分としては土下座をするような思いと姿勢で「エホバの証人に戻ることはできないが、せめて家族としての交流だけは取り戻したい」と何度も懇願したのですが、両親(信者)からは、「エホバの証人に戻らないのであれば家族としての交流は一切ない。孫にも会わない。」とはっきり伝えられたことです。
⑤この、私の側からの懇願からさらに15年、つまり私の「断絶」から実に丸20年が過ぎ去りましたが、この20年間、現在も状況は全く変わっていません。私にはさらに下の子が生まれましたが、自分の実の家族(両親、兄)との関係と言えば、数年おきに1回程度の頻度で手紙だけが来て、その手紙には「エホバの証人に戻らないのであれば家族としての交流は一切ない。今後も孫にも会わない。」という趣旨の文面が書かれているだけ、という状態です。
3.この男性と非常によく似た訴えをされる方はほかにも多く、今後、弁護団としては「忌避」の実態についても聞き取り・調査・社会学的観点からの分析を進め、順次公開してゆく予定です。
(※そのため「忌避」問題に現在も直面している方がおられれば、その実情についてのご報告をお寄せいただきたく、こうしたご報告をお寄せいただきたい旨を広く呼びかけたく存じます。)
4.なお、現時点において、本項目で考察を続けていきたいと考えるのは以下の点です。
①昨年来、非常に多くのエホバの証人2世3世の方々が、この宗教について議論されている問題についてネットを通じて発言してこられました。しかしながら、圧倒的大多数の方々は実名を出すことを極端と言えるほどに避けられる傾向があります。その際、こうした方々は「今も現役の信者がいるので、家族に発言がばれた場合に忌避されてしまうことを恐れている」と異口同音におっしゃられます。この「忌避」という問題自体が議論すべき極めて深刻で憂慮すべき問題ですが、同時にこの問題が、いわば信者家族を人質にとるような形になり、多くの方々が声を上げられない状況になっているのではないでしょうか。
②エホバの証人2世・3世は10代前半でバプテスマ(洗礼)を受け、正式な信者登録されることが珍しくありません。そのような非常に若い(幼い)若年期、真の自我が確立されているとはいいがたい時期に正式な信者とされ、成長して別の考え・信仰を持つにいたるようになったとしても、この「忌避」の問題があるために、家族との関係を決定的に失うことを恐れて、本当の意思や願いに反し(或いはそれを押し殺して)、エホバの証人信者としての生活を継続するしかないという状況にとらわれている人はいないのでしょうか。そうした人の数が相当多数に及ぶということはないのでしょうか。
今後、実態調査を続けるにつれ、こうした点についての検討や提言を続けていきたいと、私たちは考えています。