第16 当弁護団からのメッセージ
本調査報告の結びとして、本調査報告により判明した事実関係を元に、当弁護団として、社会の皆様(これには立法府及び行政府関係者、マスメディアも含みますが、本件に関心を寄せてくださる世間一般の皆様を含みます)及び良識あるエホバの証人の信者の皆様に対し、以下の点をお伝えしたく思います。
1.アンケートの実施にあたって
(1) 当弁護団は、2023年2月28日に、弁護団の結成をお知らせする記者会見を開きましたが、その中でエホバの証人を取り巻く各種問題について、まずは正確な情報を収集することが何より重要であると考えていることをお伝えしました。
なぜなら、エホバの証人が、日本におけるキリスト教系宗教団体としては相応の規模と信者数を有し、その熱心な伝道活動により社会一般でもそれなりに認知されている存在であるにもかかわらず、その実態について、個々の元信者によるSNSやブログでの発信や個人の経験を綴った自叙伝などがあるだけで、いわばその場だけで消えてしまう点と点の情報発信に限られ、体系的網羅的な調査研究がほとんどなされていないと思われたからです [1]。そのため、まずは弁護団として、起きてきた事実の実態を示すために、十分な時間と労力をかけて調査を実施することが必要と考えました。
(2) 当弁護団には、確かにエホバの証人2世としての経験を有する弁護団メンバーが複数名おりますが、調査にあたっては中立性・公平性を第一の命題としましたし、その点に万全を期するべく、エホバの証人2世としての経験を有さない弁護団メンバーに設問の作成協力を受けるとともに、アンケート調査やこれに基づくデータ分析に実績のある宗教社会学者の先生方(本報告書第1・4「調査にご協力いただいた専門家からの言葉」においてお言葉を頂戴しております)のご協力を経て、設問を作成した上でアンケートを実施しました。その際には多くの修正をいただきました。
設問数は、この種のアンケートとしては異例とも思われるほどの長大なものであり、しかも自由記述欄が非常に多く、回答者に大変な負担をかけるものになりました。自由記述欄が多くなった背景は、個別の設問のみで、2世等の皆様の経験を網羅的に拾い上げることができるか懸念があったからでした。また自由記述欄を多くすることで、不誠実な回答、つまり、論理矛盾や不整合などを客観的に考慮して「正確に答えようとしていない」ことが明らかな回答を排除して正確な事実反映を担保し、教団に対して肯定的にも否定的にも回答が可能な形式とすることが中立性・公平性の観点から適切であろうと判断し、それを実行しました。
ここまでの長大で負担のかかるアンケートでしたので、当弁護団としては、100から200程度の回答が集まることを期待してアンケートを開始しましたが、エホバの証人2世等の皆様のアンケートへの思いは当弁護団の想像をはるかに超えるものになりました。
アンケート開始直後から、SNS上で「アンケートに回答しました。」等の投稿が広がりはじめ、当弁護団のもとには、膨大な回答が集まり始めました。これに加えて、自分の経験を聞いてほしいと、何十枚にもわたってご自身の経験談を書き綴りお送りいただいた方々、いつでも聞き取り調査に応じる用意があるので連絡が欲しいとおっしゃって下さる方々、現役信者であるので公には名前は伏せたいが調査に協力は惜しまないとおっしゃって下さる方々など、多くの皆様からの真摯で温かいご連絡と実際の大きな負担を伴うご協力をいただきました。
2.アンケートの評価-信者の虐待行為に教団の関与があると弁護団が考えること
(1) 最終的に予想を遥に上回る581名というアンケート結果が集まり、かかるアンケート結果を元に当弁護団調査チーム及び宗教社会学者の先生方にて、分析を開始しました。
またアンケート結果の分析と並行して、当弁護団調査チームは、教団が過去に発行した出版物、長老にのみ交付され一般の信者が見ることが許されない内部資料、集会・大会等で口頭にて提供され文書として残っていない資料などを収集し、その分析も実施しました。
(2) 当弁護団による分析では、各アンケート結果を全体としてみて、信者による2世等に対する特定の行為が、回答者を母集団として代表性を有するかの評価を行いましたが(言い換えれば、特定の信者家庭だけで生じた特異なケースであり一般化できないと評価できる可能性がないかも検討をしています。)、その評価にあたっては、公平性・中立性の観点から、当初は「非常に抑制的」と言えるほどの姿勢を貫きました。
しかし、いくら抑制的な姿勢で評価しても、日本全国において、長期にわたり、信者による2世等への同種の虐待行為(宗教虐待Q&Aに規定された虐待行為)が繰り返されていること、そしてそれらの虐待行為はあまりに深刻であることは否定できないとするアンケート結果が明らかになりました。
すでにご報告のとおり、ほぼすべての項目で、信者による虐待行為が報告されました。あえて言うならば、高等教育の否定については、大学に進学している2世等も相応にいることが判明し、この点だけは教団による指導・指示と、信者の行動に相違があるのではないかという結論が導かれるように思われましたが、この点についても、その後さらに調査を重ねると、その当時の教団の指導(高等教育の一時的な緩和)と呼応している可能性を示唆する事実が確認され、むしろ実態としては教団の指導が高度に信者を規律していると弁護団は考えます。
(3) 加えて、評価するにあたり相応のハードルがあるであろうことが予測された教団による児童虐待行為への加担の有無についても、公開されている教団の出版物はもちろんのこと、教団が一般信者に見せていない長老向けの文書を分析し、さらにアンケート結果に記載された具体的な巡回監督たちの氏名まで記載された生々しい教団幹部による指導の実態などからして、教団が、信者による児童虐待行為を促進・助長・黙認し、時には信者を鼓舞し励まして、児童虐待行為に該当する行為を行わせていた実態があった可能性は否定できないものと考えざるをえません。
3.社会の皆様へ
今回のアンケート結果を受けて、社会の皆様にお願いしたいことが大きく分けて2つございます。
1つ目は、今後も、この問題に関心を持ち続けていただきたいということです。
今回、多くの2世等が負担の大きなアンケートに取り組んだ背景の1つに、社会の皆様の宗教2世への関心の高さが関係している、その関心が強力な後ろ盾となっているものと考えております。
これまで、多くのエホバの証人2世等は、子どものころの毎日のように行われた激しい鞭や、参加したかった学校行事に参加できず傷ついた経験などを抱えながら、思いを胸に閉じ込め非常に長い間、生きてきました。
また、2世等の信者によっては、子どものころの虐待の記憶がぬぐえず精神を病まれる方や、宗教活動に人生を捧げて経済的に困窮される方、忌避により家族とも連絡がとれず孤独の中にいる方などもいますが、それが虐待であると発信する方や、外部に真に理解してもらえる方々はほぼおらず、社会から放置されてきました。
その理由は様々ですが、「宗教を選んだのは本人や家庭の問題であって自己責任である」とか、「宗教団体内の話は宗教団体内部で解決するべき話である」として、社会から関心を示されることがなかったからであると考えております。
宗教2世の問題は2022年の秋頃から社会に特に知られるようになりました。エホバの証人についても、2世等への深刻な虐待行為を報道が扱って下さるようになり、社会の関心が急激に高まった結果、この社会の流れが後押しとなって、これまでため込んできた思い、悲しみや苦しみを社会に伝えたいと思う多くの2世等が、その心理的壁を超えることができたのだと思います。
エホバの証人の宗教2世問題は、保護者以外の第三者、しかも全世界で800万人以上を有する巨大な宗教団体が組織的に関与している問題です。
一朝一夕に解決する問題ではなく、皆様がエホバの証人の宗教2世等(今も全国の小中学校、高校にエホバの証人2世、3世がおります)がおかれた状況に関心を示していただきたいと、切に願います。
また学校関係者の皆様や、児童相談所、医師など子どもに関わる立場の皆様には、エホバの証人特有の虐待が生じる構造をぜひご理解いただき、積極的にエホバの証人2世等に手を差し伸べてくださることを切に願います。手を差し伸べること、ほんの少しの気遣いの言葉をかけてくださることで、抑圧的な環境下で外部からの助けなく生きているエホバの証人2世等が、子どもらしい、若者らしい本来の姿を一時でも取り戻すことを希望いたします。そしてその一時の助けが、その後の一生を変えることもあります。
2つ目は、エホバの証人2世等への虐待行為を防止するにあたっての施策をともに考えていただきたいと思っております。
いくら周りが関心を示しても、組織的な虐待構造を止めるには、児童の保護を目的とした各種法令の運用や、その解釈の明確化、本報告により判明した事実関係を踏まえての各種ガイドライン(特に輸血拒否に関するガイドライン等)の改良・改正が望まれます。また第三者による虐待行為が、刑法でしか規律できていない現状は問題があると言わざるを得ず、すでに関係機関での検討が進んでいることは認識しておりますが、児童虐待防止法法の改正等、法制度・運用の改良の引き続きの検討を強くお願いしたく思います。
4.良識あるエホバの証人の信者の皆様へ
(1) かつて1970年から1990年代は、多くのエホバの証人2世が会衆で活動していました。地域にもよるかもしれませんが、学校には各学年に必ず1人はエホバの証人2世がいた地域も多かったはずです。
これを読んでおられるのが2世、3世の皆様なら、恥ずかしい気持ちと闘いながら学校で証言をしたことがあると思います。同級生の奇異な視線を浴びながら、学校行事に参加できない理由を説明されたことがあったかもしれません。1世信者が試練を経験していないのになんで自分だけと思ったこともおありかもしれません。
「よい行状を示しなさい」「親に従順でありなさい」「仲間に親切にしなさい」・・・それができなかったので、鞭をされたことはないでしょうか。ミミズ腫れとなり、尻から太ももにくっきりと分かる鞭の跡を友達に見られたくなくて、半ズボンやスカートを履きたくなかったことがあったかもしれません。
週3回(時期によっては週2回かもしれません)の集会の前には、正直つまらない書籍でも個人研究をしなければならなかったし、集会には必ずすべて出席したうえで、少なくとも1回は立派な注解をしないといけなかったということはないでしょうか。学校が休みの日には伝道に参加するのは当然のことで、夏休みには補助開拓奉仕をしていませんでしたか。高校は、通信制高校に行って正規開拓奉仕をしていた方もいたはずです。
皆様がそうであったように、今回、アンケートに答えていただいた多くの回答者も同様でした。皆様と同様に、エホバの証人として、貴重な青春をエホバ神に、そして組織に捧げる結果となった方々です。
それを踏まえて、本アンケートに答えた581人は背教者であり、アンケートの結果は信頼ができないとお考えの方は、そう多くはいらっしゃらないのではないでしょうか。
(2) 今回、エホバの証人日本支部は、鞭について「体罰をしていた親がいたとすれば残念なことだ。教えを強制することもしていない」と対外的にコメントしています[2]。また、同じく日本支部は、「教団として暴力を肯定することはしてこなかったが、1990年代には誤った解釈でむち打ちなどがされていたことは聞いている。教えを実行する選択はあくまで個人にあるが、2000年代に入ってからは正しく解釈できるよう、DVDなどにして教えを伝える努力を重ねている」とコメントしています[3]。
同じく、日本支部は、輸血についても、個人の決定であって、強制はしていないとコメントしていますし、当弁護団の活動を含むのでしょうが、起きてきた真実を真実のままに伝えようとする行動について、「組織に不満を持つ元関係者のコメントのみに基づき、ゆがんだ情報や誤った結論」が出されていると述べています。
この点、支部委員やベテル奉仕、地域監督、巡回監督、長老を経験してきた人たちや、古い兄弟姉妹たちで、昔から今までのエホバの証人組織を知る人たちの中に、一人の人間としての良心に向き合った時に、本当に「鞭などなかった」「教えの強制はなかった」とためらいなく言える人など本当に存在するのだろうか、と思われることはないでしょうか。
(3) エホバの証人は、正直なことで知られているはずです。
エホバの証人1世の皆様は、ご自身の心に問いかけていただきたいです。あなたは、本当に個人の判断で、エホバの証人の教えを誤って解釈して鞭をしてしまったのでしょうか。鞭をしないという判断が当時のあなたにできたのでしょうか。鞭をしなければ会衆内でなんと言われたのでしょうか。会衆内で「正しい鞭」「不十分な鞭」と区別するような教え、励まし、勧めが与えられていなかったでしょうか。エホバの証人内全体において、組織による度重なる指示や、長老たちから懲らしめのむち棒を控えることがないようにとの励ましがあったことを否定できる人がいるとお感じでしょうか。
あなたがエホバの証人2世であるならば、あなたの親個人が、協会の教えを「間違って解釈したせいで」鞭をしたと協会に公言された場合、それで納得できるでしょうか。鞭をしていた親世代が、協会の指示と無関係に勝手に自己判断で鞭をしていたと思われるでしょうか。
(4) 輸血についてはどうでしょうか。
輸血について、これを受け入れるかは個人の決定と本当に言えるのでしょうか。あなたが輸血についての組織の解釈について疑問を呈したり、実際に輸血を受け入れた場合、組織・会衆・長老たち・周りの兄弟姉妹が、それを個人の決定だとして尊重してくれると予想されるでしょうか。むしろ、あなたが直ちに長老団の集まりに呼ばれて、悔い改めるか詰問される姿が目にうかぶ、ということはないでしょうか。もしそうである場合には、これのどこが個人の決定であって、強制していないといえるのでしょうか。
(5) とはいえ、一般の信者の皆様は、日本支部の発表について、何もしようがないのかもしれません。当弁護団は、エホバの証人組織から離れることの扇動のようなことを意図するものではありません。エホバの証人として歩むことで、心の平安が得られたり、仲間との交流に喜びを感じておられるなら、その個人の決定は尊重されるのが当然です。
ただ、この点は思いにとどめておいていただきたいです。
今、日本のエホバの証人は、日本で活動を始めてから約100年間(戦後のドナルド・ハズレット兄弟たちギレアデ卒業生による宣教開始から数えれば約74年間)の中で、最も社会から注目されている時期に来ているとお感じではないでしょうか。
エホバの証人は、唯一まことの神であり、宇宙主権者であるエホバ神のみ名の正しさを証しする証人のはずです。社会で最も注目されているのであろうこの時に、エホバの証人日本支部がいかなる行動をとるかは、本当にエホバの正しさを立証するための「証人」といえるのか、または「わざわざ証人と名乗ることによりその名誉を貶めること」になるかの、非常に明確な別れ道となるのではないでしょうか。
(6) 最後に、エホバの証人日本支部の支部委員の方々、ベテル奉仕者の皆様、巡回監督の皆様、特別開拓者や宣教者の皆様、各会衆で長老や援助奉仕者として奉仕されている皆様、エホバの証人組織において責任ある立場におられる方々に問いたいと思います。
1人の人間としての良心、そしてエホバ神の前に立って、日本支部の述べていることは真実であり、何らのごまかしもないといえるのでしょうか。それとも組織の責任を回避するためであれば、これまで長年誠実に謙遜に奉仕を続け、自己犠牲を払い続け、今や高齢になった兄弟姉妹たちの責任とし、かつ、傷ついた多くの2世たちの訴えに聞く耳を持たず、「なかったもの」としてしまいたいのでしょうか。
仮に後者である場合、それが本当に愛をこめて神の羊の群れを牧しているといえるのでしょうか。さらにはクリスチャンであることを置いて、一人の「人」として考えた場合において、責任感の伴う誠実な姿勢であると本当に感じることができるのでしょうか。
最後に
最後に、当弁護団は、以下の5点をエホバの証人日本支部に要求します。
一、宗教虐待Q&Aをすべての信者に対し周知すること
一、児童虐待防止法6条に基づく通告義務をすべての信者に対し周知すること
一、宗教虐待Q&Aに規定された虐待行為を、信者が子どもに対して行うことを認めない旨を周知すること
一、教団と利害関係のない第三者を入れた調査委員会を組織し、過去に行われた虐待行為についての実態及びその原因を調査し、虐待行為の防止態勢の構築に向けた措置を公表すること
一、教団の信者に対する指導、指示、推奨に起因して、児童虐待被害に遭った2世等への謝罪をすること
出典
[1] この点について『「近現代日本とエホバの証人」法蔵館、山口瑞穂』P.14 及びP.18において、日本においてエホバの証人をあえて研究対象とする意義や必然性に乏しく歴史的な展開の研究がおこなわれてこなかったと説明されている)
[2]毎日新聞2022年11月7日記事『親から体罰、希望していた受験もできず エホバの証人3世の訴え』
[3] (毎日新聞2023年1月5日記事『エホバの証人、子どもへの「むち打ち」はなぜ? 教団広報に聞く』)