宗教団体の児童虐待防止策

本考察は、2023年11月20日に公表された「宗教団体「エホバの証人」における宗教の信仰等に関係する児童虐待等に関する実態調査報告書」に掲載された内容をそのまま転載したものです(項番等もそのままにしてあります)。エホバの証人信者への迫害・ヘイトはしないようにお願い申し上げます。

報告書の目次
・エホバの証人調査の概要
用語解説
排斥(忌避)問題に関する考察
鞭(ムチ)問題に関する考察
恐怖の刷り込みに関する考察
輸血拒否に関する事前考察
輸血拒否に関する考察
学校行事への参加制限に関する考察
交友や交際の制限に関する考察
信仰の告白を強制する行為に関する考察
娯楽の制限に関する考察
布教活動の強制に関する考察
大学などの高等教育に否定的な教えに関する考察
2世等のメンタルヘルス
2世等へのサポートの必要性について
信仰生活と仕事・社会保障制度への負荷
教団・信者の法令遵守について深刻な懸念
当弁護団からのメッセージ


(4) 本報告書の結論概要4 児童虐待人権侵害防止に態勢改善の余地

ⅰ 教団としての児童虐待防止にかかる態勢不備

実際の具体的虐待行為(例えば鞭、輸血拒否カードの携帯、子どもの輸血拒否の決断、伝道の強制等)は、直接的には教団ではなく個々の信者がおこなうものである。

もっとも、エホバの証人の教理そのものの中に虐待の端緒が内在していると評価せざるを得ないことや、信者あての様々な教団からのメッセージや指示、そして虐待行為の時間的長期性・地理的範囲の広範性・一貫した類型性等を考慮すると、「信者が独自に虐待行為を行っており、したがって教団は虐待行為に無関係である」との評価をなし得ないことは明白である。

このことから、教団として、少なくとも今後において宗教虐待Q&Aに規定された児童虐待行為がエホバの証人内において発生することを可及的に防止するべく、宗教虐待Q&Aの信者への周知、虐待行為についての教団としての責任の検証と予防策の策定、被害にあった2世等への謝罪等が求められるべきところ、残念ながら、教団は、児童虐待防止にかかる態勢整備に向けた具体的行動を起こしていない。

これを裏付けるように、教団は、信者に対しては宗教虐待Q&Aの存在すら言及しておらず、かつ、これまでに生じた問題は信者個人や信者家庭の問題としているし、児童虐待防止法6条が定める通告義務[1]についていえば、信者ら(これには長老や他の教団幹部が含まれる)が児童虐待にあたるとされる行為について児童相談所に通告をした事例の報告は本調査において1件も存在しなかった。

教団として、信者に対し宗教虐待Q&Aの周知をせず、起きてきた問題は信者個人や信者家庭の問題としている点で、宗教虐待Q&Aが指摘する具体的類型の児童虐待防止につき組織としての態勢整備に向けた動きは観察されない。

ⅱ 法律ないしその解釈・運用の改善余地(法規制根拠の不存在)

エホバの証人内部での宗教虐待Q&Aに規定された児童虐待につき、その存在は量的に確認されたものの、児童虐待防止法が規定する「児童虐待」とは、保護者がその監護する児童に対して行う行為に限定されるため[2]、現在の法制度・法解釈、運用を前提とすると、第三者である教団がこうした行為を推進・黙認・隠ぺいないしは不作為による促進をする場合は、直ちに同法の児童虐待として違法とは言えないということになる。しかし、宗教団体と信者の関係性、特に両者間における精神面での実質的な強い支配と依存(或いは従属性)の存在を考慮すると、児童虐待について真に責任を問うべき対象は、信者である保護者ではなく、教団である。

具体的には、エホバの証人の教理の中に虐待の端緒が表裏一体に内在しており、教団が、宗教虐待Q&Aに規定された児童虐待を行うことを教理上推奨または許容し、神が望んでおられるなどの言葉を使うことで、さらには忌避による圧力を行使することで、信者に対する精神面での強い影響力を行使し、またエホバの証人内部における強い同調圧力により信者の行動を規律することで、保護者である個々の信者が児童虐待を行う状況を設定していると解するのが適切である。

教団世界本部(統治体)への忠誠を元に、硬軟織り交ぜた手段に基づき、信者が虐待行為を行うよう仕向けられているとすれば、一般社会は、信者である保護者が自律的な真の意思能力に基づき子どもに虐待行為を実行しているとはいえない可能性もあることを十分に意識し、その問題に取り組む必要があると考える。

なお、この種の提言をする際には「信教の自由が脅かされる」との批判が発せられることがしばしばある。しかし、憲法は信者に「信教の自由」を保障するところ、「信教の自由」の中核的内容の1つとして「信仰を強制されない自由」があるのであって[3]、他者(特に、保護されるべき児童)の「信仰を強制されない自由」を侵害する形での「宗教活動を実践する自由」の行使は許されないということを強調する。ましてや、「信教の自由」の1つの側面を奇貨として同じ人権の別の側面を侵害し、宗教活動の美名のもとに児童への虐待を推奨、黙認、許容することなど到底許されるものではない。これは、「公共の福祉による人権の内在的制約」という憲法の基本概念にも合致する。

ⅲ 児童虐待を超えた広く人権侵害への対応余地

本調査の目的は、宗教虐待Q&Aに規定された児童虐待の有無を調査することにあるが、調査の過程において、成人である2世等へのいわゆる「忌避」や、「忌避」を回避するためにやむなく教団に帰属し続けるしかない者が存在することが量的に確認された。

教団からの離脱が困難であること及びその背景は既に述べた通りであるが、エホバの証人における「忌避」という仕組みは、2世等の信教の自由(特に信仰を強制されない自由)を実質的に侵害しているものであり、かかる教理は、教団世界本部により主導されている。

エホバの証人の忌避は人権を侵害する側面が非常に強いところ、教団は忌避制度の存在を公然と認めている一方、仮に私人間争訟として裁判をした場合には宗教上の処分は司法判断になじまないという理由で却下されるなどの事態が想定され、自身の決断とは関係なく児童の頃に関与した2世等が、成人した後に家族関係を断たれる場合でも法的な解決は事実上著しく困難ないしは不可能である。こうした問題にも社会として取り組む必要がある。

※参考に、宗教虐待Q&A記載の虐待行為と、教団に適用可能な法規の関係性を示す。

宗教虐待Q&Aに 示された虐待項目保護者による虐待行為の関連法規虐待行為に教団が関与した場合に、適用可能な関連法規
関連法規宗教虐待Q&A 該当箇所
「ハルマゲドンで滅ぼされる」と繰り返し教える・児童虐待防止法2条3号 (ネグレクト) ・児童虐待防止法2条4号 (心理的虐待)問3−1ない
「世の人」との友人関係の制限・児童虐待防止法2条3号 (ネグレクト) ・児童虐待防止法2条4号 (心理的虐待)問3−2ない
動画、アニメ、漫画等の娯楽の制限・児童虐待防止法2条4号 (心理的虐待)問3−3ない
「証言」の強制・児童虐待防止法2条4号 (心理的虐待)  問3−4ない  
集会・大会への参加強制・児童虐待防止法2条3号 (ネグレクト) ・児童虐待防止法2条4号 (心理的虐待)問2−3 問3−1 問4−7ない
伝道への参加強制・児童虐待防止法2条4号 (心理的虐待) ・「問3-5」は、宗教の布教活動に参加させるため脅迫又は暴行を用いた場合には刑法の「強要罪」に該当する可能性もあると留保付きで明記する。問2−3 問3−1 問3−5 問4−7      ない[4]    
大学進学に否定的指導・児童虐待防止法2条3号 (ネグレクト) ・児童虐待防止法2条4号(心理的虐待)問4−3ない
学校行事へ参加させないこと・児童虐待防止法2条3号(ネグレクト) ・児童虐待防止法2条4号(心理的虐待)問4−6ない
年齢に見合わない性的内容の学習・児童虐待防止法2条2号(性的虐待)問5−1ない
審理委員会で性的体験の告白・児童虐待防止法2条2号(性的虐待) ・児童虐待防止法2条3号(ネグレクト)問5−2ない
輸血拒否等・児童虐待防止法2条3号(ネグレクト) ・刑法218条(保護責任者不保護罪等)問4−5個別事情により、理論上は保護責任者不保護罪の教唆を検討し得る。
・児童虐待防止法2条1号(身体的虐待) ・刑法208条(暴行) ・刑法204条(傷害)問2−1 問2−2個別事情により、理論上は暴行又は傷害の教唆を検討し得る。

※宗教虐待Q&A「問1-2」は、「宗教団体の構成員、信者等の関係者等の第三者から指示されたり、唆されたりするなどして、保護者が児童虐待に該当する行為を行った場合はどのように対応すべきか。」との問いに、「(答) 児童虐待行為は、暴行罪、傷害罪、強制わいせつ罪、強制性交等罪、保護責任者遺棄罪等に当たり得るものであり、また、これらの犯罪を指示したり、唆したりする行為については これらの罪の共同正犯(刑法60条)、教唆犯(61条)、幇助犯(62条)が成立し得る。」と明記している点に留意が必要である。 

但し、これは、保護者の行為が刑法上の犯罪に該当する行為であること、さらに当該犯罪の実行行為自体は親が行うことの2つが満たされる場合が条件となることを留保していることから、上記の表のまとめに至った。

※上記表では、ほとんどの項目で「教団」による虐待関与行為について、実務上責任を問う実効的な法源が存在しないこと、また仮にあっても刑法(しかも正犯性を認定することに困難があると考える。)に限られていることがわかる。

本報告書では、宗教虐待Q&Aが示された後でも教団の行動が変化しないことを報告するが、教団に虐待防止義務を直接的に課す法規制がないことこそが、その原因であることを社会は直視する必要がある。

※保護者による児童への虐待行為について、保護者に民事不法行為責任を認めることは理論上可能であるが、児童は訴訟能力を有しておらず(民事訴訟法第31条)、保護者と児童という関係も考慮するとそもそも責任を問う手段の行使が現実的でない実情と解されるため、上記一覧表では触れていない。

信者による児童への虐待行為について、教団が、被害児童に対して直接的に民事不法行為責任を負うかは検討の余地はあるが、上記で触れたとおり、児童は訴訟能力を有していないことに加えて(民事訴訟法第31条)、調査や立証方法、費用等に厳しい限界がある等、実際に責任追及するには相当のハードルがあるものと考える。


[1] 児童虐待防止法第6条 児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。

[2] 児童虐待防止法第2条 この法律において、「児童虐待」とは、保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護するものをいう。以下同じ)がその監護する児童(十八歳に満たない者をいう。以下同じ)について行う次に掲げる行為をいう。

[3] 日本国憲法 第20条第2項「何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない」

[4] 但し、「宗教虐待Q&A問3-5 宗教団体等が又は宗教団体等による指示を受けた児童の保護者が宗教の布教活動について繰り返し児童を参加させる行為」につき「脅迫又は暴行を用いた場合には刑法の強要罪に該当する可能性もある」とし、他の条件が重なる場合には責任が発生し得ることを示唆する。